「意識高い系」資本主義が「賃金UP」を抑えている訳 企業が「SDGs」や社会正義に取り組む本当の理由

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これは、実に厄介な問題である。

1980年代初頭以降、最近まで、資本主義社会を席巻したイデオロギーは、新自由主義であった。新自由主義者たちは、企業による私的利益の追求を手放しで賞賛し、強欲を美徳とみなし、政府の介入には強く反対してきた。

これに対して、企業もまた、公共の利益や社会正義にもっと配慮すべきであるとする「意識高い系」の「ウォーク資本主義」は、新自由主義を反省し、新自由主義から決別しようとするものであるかのように見えた。

ところが、著者のローズ教授が明らかにしたように、現在、世界を席巻している「ウォーク資本主義」は、実は、「意識高い系」に偽装された新自由主義であり、言わば新自由主義の進化系だったのである。

この「意識高い系」に偽装された新自由主義は、見えにくくなっている上、ポリティカル・コレクトネスの威力によって批判しにくくなっているだけに、かつてのような露骨な新自由主義よりも、ずっと質が悪いと言えるだろう。

賃金を上げさせないために利用される「ウォーク」

この悪質な偽装された新自由主義たる「ウォーク資本主義」は、すでに日本にも浸透しつつある。

例えば、2010年代の安倍晋三政権の政策を振り返ってみよう。

日本では、少子高齢化の進展により、人手不足が問題となっていた。企業は、人手を確保するために、賃上げをしなければならなかった。賃金の上昇は、労働者にとってはよいことであるが、企業にとってはコストの上昇でしかなく、望ましいことではなかった。

そこで安倍政権は2015年、「女性の活躍」なる「意識高い系」のスローガンを掲げ、女性の就業を奨励する政策へと舵を切った。「女性の活躍」と言えば聞こえはいい。しかし、その背後には、女性という労働者が増えれば、企業は賃上げをすることなく人手不足を解消できるという狙いがある。

念のため言っておけば、私は、女性の就業そのものに反対しているわけではない。しかし、最近の共働き家庭の増加は、女性が活躍するようになったというよりは、長引くデフレと賃金抑制で、共働きでなければ生活できない家庭が増えたということを反映しているのではないか。

もっとも、女性労働者の投入だけで人手不足が解消したわけではない。賃金上昇圧力は、依然として強かった。

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