「意識高い系」資本主義が「賃金UP」を抑えている訳 企業が「SDGs」や社会正義に取り組む本当の理由

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そこで安倍政権は2017年、今度は「人生100年時代」という「意識高い系」のスローガンを持ち出し、高齢者の就業を奨励し始めた。言うまでもなく、高齢者を労働市場に供給して人手不足を解消し、賃上げを回避するためである。

それでもまだ、人手不足は解消しない。このまま人手不足が深刻化すれば、いずれは、賃上げが必要になる。

ついに、安倍政権は、決定的な政策転換へと踏み切った。2018年6月、日本政府は、2019年4月から一定の業種で外国人の単純労働者を受け入れることを決定したのである。そして、この閣議決定に基づき、入国管理法が改正された。

これにより、今後は、賃金が上がりそうになるたびに、外国から低賃金労働者が流入して、賃金の上昇を抑えるという仕組みが完成したのである。だが、この賃金抑制策についても「グローバル化」だの「多様性」だの「多文化共生」だのといった「意識高い系」の偽装が施されるであろう。

新自由主義の「隠れ蓑」

いずれの政策も、労働者の賃金を抑圧し、格差を拡大する新自由主義的な政策でありながら、「女性の活躍」「人生100年時代」「多様性」といった「意識高い系」のスローガンによって偽装された。そのおかげで、強い反対を回避し、すんなりと実行に移すことができたのである。

当時、保守勢力に強く支持された安倍政権が、女性の活躍や移民の受け入れといった進歩主義的な「意識高い系」の政策を打ち出したことは意外だとする見方が多かった。しかし、「ウォーク資本主義」を理解していれば、何も意外なことはないだろう。安倍政権は、その新自由主義の隠れ蓑に「意識高い系」を利用したのである。

日本における「ウォーク資本主義」の例として、より最近のものとして、安倍元首相と親しかった楽天の三木谷浩史会長兼社長についても、触れておこう。

2021年、三木谷氏は、アメリカのフルブライト・プログラムというアメリカ留学プログラムに対して、個人として9000万円を寄付した。2022年2月27日には、ロシアの侵攻を受けたウクライナに対して、10億円を寄付すると表明した。

このように、三木谷氏は、教育や外交など、本来、国家がやるべき事業に対して私財を投じるなど、その「意識高い系」ぶりを見せている。

だが、その三木谷氏は、2022年12月、政府・与党において検討されている高所得者への税負担増に対して、反対を表明したのである。

この「ウォーク資本主義」、日本でも早急に対策を議論し始めなければならない問題である。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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