アイルランド「ベーシックインカム」実験の実態 最低所得保障はアーティストの未来を変える?

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フォトグラファーの男性はベーシックインカムのおかげで、週に2日間は個展に向けた準備ができるようになったと語る(写真:Ellius Grac/The New York Times )

イアン・フェイ(32)は漫画やイラストで成功するために何年も苦労してきたが、昨年の秋、もう終わりにしようと考えていた。

アイルランド南部のキルケニー在住で、マッチョなスーパーヒーローを専門に描いているフェイは、家賃や光熱費などの支払いでなくなってしまうくらいの収入しか得られていなかったと先日の取材で振り返った。旅行など高嶺の花。画材を箱にしまい、食料品店で働こうと考えていた。

「これがなければ、アートは続けられなかった」

そんな日々を送っていた9月、フェイに救いのメールが届いた。アイルランド政府からの知らせで、2000人のアーティストにベーシックインカム(最低所得)を保障するプログラムの対象に選ばれたという。音楽家、小説家、サーカス芸人などのプログラム参加者には3年間、無条件で年間1万6900ユーロ(約240万円)が支給される。

フェイは信じられない思いでメールを見つめた。毎週325ユーロずつ支給されるベーシックインカムがあれば、家賃を賄え、生活費を稼ぐ不安も軽減される。何年かぶりに「自分の技術を磨く時間」が持てるようになると思った、とフェイは話した。

それから半年、最低所得保障の効果ははっきりと表れているとフェイは言う。「これがなければ、アートは続けられなかった」。

こうしたアイルランドの試験的な取り組みは、ユニバーサル・ベーシックインカム(雇用されているかどうかにかかわらず政府が国民に一時金を毎月支給する制度)に対する国際的な関心の高まりを示す最新の動きだ。

反貧困団体、左派政治家、リバタリアン(自由至上主義者)の団体など、このアイデアを支持する人々は、国民の暮らしと健康を保障するには最低所得保障のほうが、ほかの社会福祉政策よりも優れていると主張する。一方、反対派からは、怠惰な人々に現金を与えるだけで何にもならない、といった批判が上がっている。

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