アイルランド「ベーシックインカム」実験の実態 最低所得保障はアーティストの未来を変える?
この試験的政策は党派を超えて支持され、年間3380万ユーロ(約48億円)の予算を獲得。アイルランドには主要な芸術助成機関「アーツカウンシル」を通じた文化支出1億3000万ユーロがあり、その上に予算が追加された格好になる。
募集は昨年4月、視覚芸術、演劇、文学、音楽、ダンス、オペラ、映画、サーカス、建築に携わる人々を対象に開始された(当時、工芸分野からは「自分たちが排除されている」と抗議する声が上がった)。
申請者は、自分が本物の文化労働者であることを証明するために、専門機関の会員であることや、美術品を販売したり、新聞で批評されたりした実績があることを証明する書類を2点提出するよう求められた。マーティンによると、政府は申請者の作品の質は考慮しなかったという。
9000人を超す応募者のうち基準を満たしていたのは8200人で、その中からランダムに2000人が支給対象者、1000人が対照群に選ばれた。
機会を逃したアーティストが多数いることから、支給対象となった2000人のほとんどがその幸運を公にしていない。実験への参加についてソーシャルメディアに投稿したのはほんの一握りであり、アイルランドのニュースメディアに対し、このプログラムについて話している人もほとんどいなかった。本記事執筆のために連絡した6人の受給者のうち、取材に応じてくれたのは3人だけだった。
支給決定と同時に会社を辞めた脚本家
脚本家のリディア・マルヴィー(47)は、支給対象者に選ばれたと聞いてすぐに通信会社の仕事を辞めたと話した。今はスリラーやSF番組のためにパイロット版の脚本を書くことに時間を使えているが、以前は夕方や週末に時間を捻出するので精一杯だったそうだ。
「このプログラムのおかげで生活が変わり、自分の人生を取り戻せると思った」とマルヴィー。とはいえ、持ち家がなかったら、このような少ない収入で生活するのは難しかっただろう、とも付け加えた。
実験結果を待ち望んでいる人は少なくない。前出のマーティンは、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ベルギーの議員や芸術団体から同プログラムについて問い合わせがあったと明かした。