アメリカが「2度目の南北戦争」前夜である理由 内戦リスクを高める「アノクラシー・ゾーン」

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人を政治的暴力に駆り立てるのは「失う」ことの痛みである。人間を行動に駆り立てるのは「何かを新たに獲得しよう」という動機よりもむしろ「失ったものを取り戻したい」という動機である。

「人は幾年にもわたって耐えることができる。たとえば、貧困、失業、差別などを認容し得る。お粗末な教育機関、機能不全の病院、荒れ果てたインフラをも受け入れるだろう。しかし、当然に自らのものとしてきた地位をある日喪失すること、これだけは許すことができない。21世紀において最も危険な派閥がこれによっている。かつて権力を保持していた集団が力を失ってゆく局面である。」(100頁)

具体的な社会福祉政策や支援策では解決できない

2012年の国勢調査で、アメリカのその年の新生児のうち非白人が50%を超えた。ヒスパニックとアジア系アメリカ人は増え続け、2045年までに非白人が白人を人口で凌駕する。

「白人市民、とりわけ農村部の多くは、経済的に取り残されてしまったとの疎外感が高まっている。1989年以降、非大卒の白人労働者の生活の質は、ほぼすべての指標で低下している。所得、持ち家、結婚比率などは急落、平均寿命も低下した。」(195頁)

居住地も偏り始めた。白人系は東北部、中西部、山岳地帯に住み、非白人系は都市部、南部、東西沿岸部に住む。この疎外された白人たちは政府が非白人を優遇し、非白人たちは特別の利得を過剰に要求していると感じて「憤激」している。2016年の調査では、白人の50%が「人種的憤激層」に分類された(200頁)。

「内戦の当事者が極貧層ではない事実は記憶にとどめておくべきだろう。かつて特権を保持しながら、そのありふれた幸せを喪失したと感じる人々である。」(200頁)

彼は別に今ここで何か具体的な差別を受けているわけではない。でも、大切にしてきたものを「奪われた」と感じている。親の世代までは「ありふれた幸せ」だったものにもう自分たちの手が届かないと感じている。この喪失感、被剥奪感は、幻想のレベルにある。だから、具体的な社会福祉政策や支援策によっては埋めることができない。

『ソフト/クワイエット』という映画がある。アメリカの片田舎で、白人至上主義者の女たちが、自分たちよりも少しだけいい家に住み、自分たちよりも何ドルか高いワインを飲んでいる中国人姉妹に対して、激しいいやがらせをしているうちに、もののはずみで殺してしまうという話である。彼女たちが自分たちの暴力を正当化するのは、ここでもやはり「非白人のほうがこの社会では優遇されており、かつて自分たちのものだった特権を横取りしている」という病的な被害者意識だった。

レストランや店舗で非白人に「いやがらせ」をすることと、ほんとうに殺してしまうことの間には、本来なら容易には乗り越えられない心理的な壁があるはずである(高い確率で長期にわたる投獄を覚悟しなければならない)。だが、今のアメリカではその心理的な壁が非常に低くなっている。ふつうの人でも、もののはずみでこの壁を超えることが起こる。そのことの恐怖をこの映画の監督ベス・デ・アラウージョ(母親が中国系、父親がブラジル人)はたぶんリアルに感じているのだと思う。

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