アメリカが「2度目の南北戦争」前夜である理由 内戦リスクを高める「アノクラシー・ゾーン」

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バーバラ・F・ウォルターもベス・デ・アラウージョも暴力の切迫を感じている。でも、この暴力の淵源は「幻想」のうちにあり、適切な政策的対応によって鎮めることは難しい。

ウォルターは最終章で、アメリカを救うための政策的提言をいくつかしている。「法の支配」「言論の自由と説明責任」「政府の能力」がきちんと機能していれば、SNSを通じてのフェイクニュースの拡散が抑制されれば、内戦リスクは逓減する。民主主義が強靭なものであれば、内戦は回避できる。

まったくそのとおりだと思う。でも、今起きているのは、民主主義が機能不全に陥っているということである。「民主主義が脆弱になっているから、強靭にすればよい」というのは、「病気になったので、治せばよい」と同じく、正しいが具体性に欠けている。

「分断のナラティブ」に対抗する「和解のナラティブ」

読了した後の個人的な感想を言わせてもらえれば、今アメリカで起きつつあることはウォルターが提案するような「正しい政策」で対処できるものではないような気がする。

内戦に傾斜する人たちを駆動しているのは、ある種の強力な「分断のナラティブ」である。これに対抗するためには、同じくらい強力な「和解のナラティブ」を創り出すしかないと私は思う。それがどんなものか、私には見当がつかない。

でも、アメリカ人はおそらく「和解のナラティブ」を何とかして創り出すと思う。その卓越した能力のうちにアメリカの「復元力(レジリエンス)」は存するからである。とりあえず独立時点でのフェデラリストと州権派の対立も、南北戦争による国民的分断も、アメリカはなんとか乗り切ってきた。今度も、内戦の危機をアメリカは回避すると私は信じている。

もし、それができなければ、21世紀の前半のどこかでアメリカは100年近く占めてきたその卓越した地位を失うことになるだろう。私たちはその日に備えなければならない。日本人は自国については内戦リスクについて懸念する必要はないが(日本のポリティ・インデックスはこれでも+10なのである)、アメリカの没落がもたらす衝撃には備える必要がある。

たぶん日本の指導層にとっては「考えたくもないこと」だろうけれども、「考えたくもないこと」はしばしば起きる。それは歴史が教えている。

内田 樹 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授

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うちだ・たつる

1950年東京都生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。凱風館館長、多田塾甲南合気会師範。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『レヴィナスと愛の現象学』(文春文庫)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の天皇論』(東洋経済新報社)などがある。第3回伊丹十三賞受賞。

 

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