過去に戻れる喫茶店に来た7歳少年の切なる願い 小説『やさしさを忘れぬうちに』第1話全公開(1)

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性格の不一致。

それが近年の離婚理由の第一位である。二位以下に金銭、暴力、浮気問題などもあるが、重複する部分もあるのではないだろうか。つまり、性格の不一致とは「これだ」という具体的な一つの理由が存在するわけではなく、夫婦が共有することになる生活全ての出来事の中に受け入れられない行動、もしくは不満が生じることと言える。

現在、日本では千人あたり一人から二人の割合で離婚しているという統計がある。昔に比べて離婚のハードルは低くなっている。

近年、引越しの際に近隣への挨拶をする家族は少なくなった。集合住宅では、隣に住んでいる人の顔を知らないことも少なくない。

カメラ付きスマートフォンやインターネットの普及により、遠くにいても顔の見えるコミュニケーションが取れるようになった。その結果、居住区周辺の限られた範囲で新たな人間関係を築かなくてもよくなったことも、核家族化が進む理由の一つかもしれない。しかも、核の構成単位からさらに細分化され、現代は「個」が尊重される時代になった。

個家族化である。

家庭内で、夫も妻も、個人として生きるようになる。

人の抱えるストレスの大部分は人間関係から生まれる。親子、兄弟、友人、職場など。そして夫婦もそれに漏れることはない。

結婚して同居すれば、それまで違う生活習慣の中で生きてきた個と個が多くの時間を共有することになる。

友達なら許せることでも

結婚して同居すれば、それまで違う生活習慣の中で生きてきた「個」と「個」が、多くの時間を共有することになる。もちろん、お互いを生涯のパートナーとして認め合って結婚生活を始めたのだから、生活習慣のすり合わせは必要になる。夫婦間に「愛」が存在している限り、そのすり合わせも新鮮で、幸せの一つとして感じられるのかもしれない。

問題は「情」が薄れ「個」の主張が出てきた時である。その際、情によって耐えていたものが耐えられなくなる。金銭、暴力、浮気といったわかりやすい理由ではない。

友達なら許せることでも、恋人関係になると許せなくなる、同棲したら許せなくなる、結婚したら許せなくなるということがある。

やさしさを忘れぬうちに
『やさしさを忘れぬうちに』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

性格の不一致。

そこに明確な理由はない。なんとなくダメになる。受け入れられなくなる。不快を感じる。でも、嫌いなわけじゃない。

「夫婦でさえなければ仲良くやっていけるのに」

昔の関係に戻れれば、ギスギスした関係も解消できる可能性がある。

「結婚前に戻りたい」

離婚によってストレスを感じなくなるのであれば、今の家族を嫌いにならなくてすむ。

「もう一度、やり直すために」

離婚を選ぶ。

もちろん、1つの例であり、離婚する夫婦すべてがこれに当てはまる訳ではない。

だが、その夫婦間の個の問題に挟まれて思い悩む少年がいた。

(第2回に続く、3月28日配信予定)

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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