開戦1年「プーチン演説」にロシア人が失望した訳 聞きたかった「あの情報」がスルーされた

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もっとも、こうした各論の議論は、ウクライナ軍が2023年3月にも開始を目指している大規模反攻作戦で結果を出して初めて、意味を持つ。2023年中の戦勝を目指すウクライナ側は、東部でのロシア軍の攻勢に対しては守り抜く一方で、米欧が供与を約束した戦車や火砲などの武器の到着を待って、反転攻勢を開始する計画だ。

反転攻勢の当面の標的は南部ザポリージャ州だ。クリミア半島への物資補給の拠点である要衝メリトポリやアゾフ海沿岸地域を奪還して、これらの地域を拠点に次のステップとして、クリミア奪還作戦を早期に開始したい思惑だ。

なぜ東部ではなく、クリミアの奪還を急ぐのか。それは黒海艦隊の司令部があり、陸空軍基地も多数あるクリミアこそ、今回の侵攻でロシア軍の出撃拠点になっているからだ。

ここを取り戻せないまま停戦になれば、将来再び、クリミアを出撃拠点にしてロシア軍が侵攻してくるとの危惧があるのだ。さらにウクライナ軍はクリミアさえ奪還すれば、東部のロシア軍は士気を喪失し、比較的容易に奪還できると考えている。

クリミア奪還は可能か

またウクライナ側には、本音としてクリミア奪還を優先する事情が別にある。仮にドンバス地方の奪還を先に実現した場合、米欧から「もういいじゃないか」とばかりに、これで停戦してロシアによるクリミア占領を固定化する新たな和平案を押し付けられることを警戒しているのだ。

この懸念は、1991年の国境線回復を目指すとの今回の米欧との総論合意の結果、当面遠のいた形だ。しかし、アメリカ国防総省からは年内の戦勝を疑問視する冷ややかな見解が制服組トップのミリー統合参謀本部議長から飛び出すなど、反攻作戦の成否をめぐりアメリカ政府内でさまざまな意見が錯綜しているのが実態だ。

ウクライナ支援を担当する米欧州軍の元司令官であるベン・ホッジス氏は2023年2月、アメリカが長距離砲を供与することを条件に、同年夏の終わりまでにクリミアを奪還することは可能と発言した。興味深いのは、ホッジス氏が同じ欧州軍司令官経験者であるオースティン国防長官の意見を代弁しているとの見方があることだ。

こうしたアメリカ政府内の微妙な温度差を背景に、仮に今後の反転攻勢でウクライナ軍が苦戦する事態にでもなれば、アメリカから総論合意の立場から離れ、ロシアとの妥協を促す声が出る事態もあながち否定できない。その意味でこれからの反転攻勢の成否がウクライナ情勢の行方を左右する決定的な要素になりそうだ。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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