だが、国民を一番失望させたのは、新たな動員令が出るかどうかに触れなかったことだ。2022年9月に部分動員令が出た直後、動員を嫌って数十万もの若者が近隣国に出国した。都市部を中心に多くの国民は侵攻の行方よりも、自分や家族が招集されるかどうかに関心があるからだ。
つまり、プーチン氏は国民が知りたかったことに何ら回答を示せないという手詰まり状態にあることが明白になったといえる。
プーチンが見せた危機感
一方で、プーチン氏は演説ではこれまで見せてこなかった危機感ものぞかせた。会場にいる政権最高幹部やオリガルヒと呼ばれる富豪たちの多くが西欧に別荘を所有していることを念頭に置いて「西側の魅力的な首都やリゾートで住居を探すことは誰でも権利がある」としたうえで、西側に移住しても、そういうロシア人は結局、「2級市民」のままで終わるぞ、と語り掛けたのだ。
つまり、米欧からの制裁に音を上げて幹部や政権に近い富豪らがロシアから亡命する事態を懸念して、ロシアにとどまるよう警告したとみられる。
この危機感の背景の1つにあるのは、最近ちらちらと聞こえてくる、政権内部で出始めたプーチン政治への不満マグマの動きだと筆者はみる。
かつてクレムリンでスピーチライターを務め、プーチン政権の実情に詳しい政治評論家アッバス・ガリャモフ氏は最近、一部の軍高官が「大統領と異なる立場を取り始めた」と証言した。それによると、軍高官たちの間では侵攻作戦の難航は軍ではなく、大統領の責任であるとの考えが出ており、こうした高官らは表向き大統領の命令に従うふりをしているだけだという。
同様の証言はほかにも出てきた。元ロシア・エネルギー省次官で現在は反プーチン派の野党政治家であるウラジーミル・ミロフ氏も2023年2月半ば、親しいクレムリン高官の話として、プーチン氏の命令には逆らわないものの実質的に「消極的サボタージュをしている」と聞いたと証言した。
この「消極的サボタージュ」が実際どこまで政権内で広がっているのかは不明だ。少なくともすぐに政権を大きく揺さぶる動きになる可能性は低いと筆者は見る。だが、これまで政権内をがっちり掌握してきたプーチン政治に陰りが出てきたことは間違いないだろう。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら