ウクライナ戦争への導線・言語問題を無視するな 少数派の言語・民族をどう扱うかが指導者の資質

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皮肉だが、ある意味かつての大帝国はこの問題を、対立なく治める手立てをもっていた。帝国は国王に絶対的主権が集中することで、各民族の独立どころか、国王と同じ言語をもつ人々の政治的権利も剥奪されていた。だからこそ、言語問題が生じ始めたのは、独立と民主主義の発展と関係しているともいえる。

例えばオーストリア=ハプスブルク帝国の中に存在する民族は、その中のエリートである領主を除けば、宗主国の言語であるドイツ語を話す必要はなかったわけで、民族独立運動が起こるのはそれぞれの民族の独立が叫ばれ、なおかつその民族の政治が民主化される過程であり、そのときに初めて言語問題が生じてきたといえる。1897年のバデーニ言語令がその典型である。

19世紀末のオーストリア=ハプスブルク帝国で、それを構成する各民族の教育や言語の権利が高じて来た。そのような中、当時の首相バデーニ(1846~1909年)が公用語に関連して発した言語令がこのバーデニ言語令である。

チェコ、ポーランド、スロベニア、スロバキアなどの地域の言語が公的使用の枠を広げられたのは、オーストリアが議会制度をとり、民主化が進む際に起きた現象だった。それは、ドイツ系が次第に議会の中で少数派になる中、各民族語の承認運動でもあった。しかし、これは既得権益をもつドイツ系の怒りを招き、大混乱を引き起こす。

言語という敏感な問題

帝国から国民国家としての独立過程、そしてそれを構成する人民の政治的主権の獲得は、次第に教育と言語問題の対立を引き起こし、統一された国語を制定するという運動に発展していく。大きな帝国や連邦という中で収まっている間は、言語問題は封印されているが、いったんそれが崩壊すると、民族同士の小競り合いが起き、それがマイナー言語への弾圧を引き起こしていく。

ユーゴスラビアは、チトーという“皇帝”を抱えている間は、言語問題や対立は顕著にならなかった。彼が消えてしまうやいなや、大きな対立を引き起こした。それはソ連の崩壊が、各地に対立の火種をばらまいたのと同じだ。民族の自治と独立もやむなしという考えもあるが、あまり早急な独立と自治はかえって混乱のもとになることを忘れるべきではない。このあたりのバランスこそ、為政者にもっとも求められる資質ともいえる。

ウクライナの言語問題は、1991年独立当初からあった問題である。中井和夫『ウクライナ・ナショナリズム』(東京大学出版会、1998年)によると、独立以来どの大統領も最初はロシア語圏の人々に配慮していたのだが、最終的にはウクライナ語を支持したようだ。

なぜなら実際1996年の憲法では、ウクライナ語が唯一の公用語であると規定されているからだ。ヤヌコヴィッチの時代は、それほどの強制力はなかったのだが、ポロシェンコ、ゼレンスキーの時代には、それが強制的になった。ヨーロッパに入るために、国民国家を完成しようと急いだからだ。

確かに国民国家が、民族、言語、宗教という枠の中で統一されることが、西欧風の国民国家なら、これを無理に実現することは西欧へ仲間入りするための条件かもしれない。しかし、西欧でも言語問題は複雑であり、単一言語という枠でくくられているわけでもない。だからあちこちで言語による独立問題が起きているのである。

こうした問題を解決する最もいいお手本はベルギーだと私は思っている。ユーゴスラビアもチェコスロバキアも、結局その国家は分離解体し、それぞれの言語で新しい国をつくったのだが、ベルギーだけは、ゲルマン語系とラテン語系という、ある意味とても遠く離れたフラマン語とフランス語を公用語として持ちながらも、分離することなく存在している。

この国の首都ブリュッセルは二つの言語に分離した都市でもある。ここにEUの本部があることは、ヨーロッパの国々が抱えている内紛問題に対していいお手本を示しているからかもしれない。 

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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