科学調査で判明、「ストーカー予備軍」5つの要因 博多ストーカー殺人事件の容疑者は多くが合致

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警察による禁止命令などが、なぜ限定的な効果しかないのか。それは、まずこれらの方法が、ストーカーの根本的問題、つまりリスクファクターに焦点を当てていないからである。さらに、そうした方法はときに、ストーカーを憤慨させたり失望させたりすることにつながり、悪影響をもたらす場合すらある。

したがって、重要なことは、ストーカー本人のリスクファクターを査定し、それをターゲットにした治療を行うことである。この場合、心理療法的な治療が中心となる。

ストーカーへの有効な治療

犯罪者の治療に関しては、エビデンスに導かれた原則があり、それを「RNR原則」と呼んでいる。この原則を満たす治療には明確な効果があり、犯罪リスクをおよそ30ポイント減少させることができる。ストーカー加害者の予防効果については、まだ十分なエビデンスがないが、RNR原則は犯罪者全般に対して広く当てはまる原則であるため、ストーカー治療にも効果が期待できる。

RNRのRはリスク(Risk)、Nはニーズ(Need)、Rは反応性(Responsivity)の頭文字である。これを簡単に説明すると、リスク原則というのは、リスクアセスメントをしてそのリスクに応じた治療を提供すべきという原則である。ニーズ原則とは、アセスメントで見出されたリスクに応じた治療を行うべきという原則である。そして反応性原則とは、治療によって相手が反応する(つまり変化する)ような治療を行うべきという原則である。

したがって、これまで述べてきたように、ストーカーに対してもリスクアセスメントを行い、そのリスクファクターを標的にして、それを変化させるような心理療法を行うべきだということになる。そして、反応性原則に従うと、心理療法の中でも特に認知行動療法という治療アプローチが推奨される。具体的には、認知行動療法によって、加害者の認知のゆがみを修正し、他者への共感性を訓練するとともに、社会的スキルや感情統制スキルの向上を図る。

これまでのストーカー治療の効果に関する研究は、サンプル数が小さかったり、研究の質が低かったりして、残念ながらエビデンスとしては必ずしも確信が持てるほどのレベルにはない。とはいえ、それらの研究では、いずれも治療に望ましい効果が見出されている。

より広く、性犯罪者全体のRNR原則に基づく治療に関しては、もっとたくさんの研究がなされており、メタアナリシスも複数ある。それらを見ると、一貫して確実な効果が実証されている。

したがって、今後のストーカー対策としては、既存の相談窓口の拡充や刑事司法的な対策に加えて、科学的なリスクアセスメントとそれに基づく認知行動療法の実施を早急に検討すべきである。

【文献】
原田隆之 現代性教育研究ジャーナル 2017
www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_201704.pdf
Jerath K et al. 2022 doi: 10.1080/1068316X.2022.2057981 Kropp PR et al. 2011 doi: 10.1002/bsl.978
MacKenzie RD et al. 2011 doi: 10.1002/bsl.980
McEwan T et al. 2007 doi:10.1016/j.ijlp.2006.03.005
Miller L. 2012. doi: 10.1016/j.avb.2012.07.001
Rosenfeld B. 2004. doi: 10.1177/0093854803259241
原田 隆之 筑波大学教授

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はらだ たかゆき / Takayuki Harada

1964年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程中退、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校大学院修士課程修了。法務省法務専門官、国連Associate Expert等を歴任。筑波大学教授。保健学博士(東京大学)。東京大学大学院医学系研究科客員研究員。主たる研究領域は、犯罪心理学、認知行動療法とエビデンスに基づいた心理臨床である。テーマとしては、犯罪・非行、依存症、性犯罪等に対する実証的研究を行っている

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