認知症の母と暮らす脳科学者の私にわかったこと 変わってしまったと家族がショックを受ける理由

認知症になると母は「母らしさ」を失うのか?(写真:KY/PIXTA)
認知症は記憶力、注意力、判断力など、さまざまな能力を人から奪います。
しかし認知症になり、記憶を失うと、その人は、「その人」ではなくなるのでしょうか?
脳科学者の恩蔵絢子氏は、認知症の母と向き合った2年半の記録、その経験を通じてもたらされた考察を『脳科学者の母が、認知症になる』にまとめ、一人の研究者として、また一人の家族として、その問いに対する答えを導き出しました。本日(2022年1月7日)午後10時から放送予定のNHKスペシャル「認知症の母と脳科学者の私」でも取り上げられる、当事者と家族の日常生活で起こる認知症の問題について、同書より一部抜粋、再構成してお届けします。
お寿司屋さんでカッパ巻きだけを食べる母
先日私は、たまには母でなく、父のことをいたわる日を作りたいと思って、家族でお寿司屋さんに行こうと考えた。普段の料理は、母の好みを優先しており、実質、父の好みを無視してしまっていたからだ。
母は、生ものを拒絶する可能性があったのだけれども、「たまにはパパが好きな物を食べさせてあげたいから、お寿司屋さんはどうかな? 良いお寿司屋さんだから、生臭い物や、変な物は絶対に出てこない。それだったらママは食べられると思う?」と確認をしてみたら、母は「大丈夫よ」と言った。
それで私にとって少し背伸びをした素敵なお寿司屋さんに行った。母が食べないという可能性を一応は考慮して、カウンターでおまかせではなく、テーブル席でお寿司のセットを頼むことにした。
結果、母は、カッパ巻きにしか手を付けなかった。なんとなく予想していたことではあったが、お寿司屋さんに来てそれはないよ、と私はがっくりきてしまった。
子供が招待してくれたのだから、とか、良いお寿司屋さんで生ものに手を付けないのは失礼だから、とか、他人の意図を汲んで、少しは苦手な物にも手を出してくれたらと思うけれど、どうもそれは難しいらしい。
しかし、母がこちらの意図を汲みにくいだけではない。どうして母がこのような振る舞いをするのかという、こちら側からの母の意図の推測も難しい。
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