1週間前の別れ話に一瞬舞い戻る彼女の超常体験 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(4)

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「ちょっと! 戻らないんだけど!」

二美子は思わず強い口調になったが、数は顔色も変えず、サラリとこう言った。

「もう一つのルールです」

やられた。まだ、あった。過去に戻るためにはこの席に座るだけではダメだったのだ。

二美子は、新たなルールにうんざりし、

「まだあったの?」

と、言ってしまったが、その一方で、過去に戻れないわけではないという事がわかって少しホッとしていた。

数は二美子のそんな心境などおかまいなしに説明を続けた。

「これから私があなたにコーヒーを淹れます」

数は二美子の前にコーヒーカップを置きながら言った。

「コーヒーが冷めてしまうまでの間だけ……」

「コーヒー? なぜ、コーヒー?」

「過去に戻れるのはこのカップにコーヒーが満たされてから……」

二美子の問いかけは完全に無視された。ここまで徹底されるとある意味、爽快感があると二美子は思った。

「そして、コーヒーが冷めてしまうまでの間だけ……」

爽快感は一瞬で消え去る。

「え? そんなに短いの?」

「最後に、大事な大事なルールが」

話はどんどん進む。二美子ももう心得ていて、

「ルールだらけだ……」

とだけ、目の前に置かれたコーヒーカップを手に取りながらつぶやいた。なんの変哲もないコーヒーカップだった。ただ、コーヒーの注がれていないカップではあるが、なんだか普通の陶器よりひんやりしているかも、と思った。

数が話を続ける。

「いいですか? 過去に戻ったら、コーヒーは冷めきってしまう前に飲みほしてください……」

「え? でも私、コーヒー苦手なんだけど……」

「これだけは絶対に守ってください」

数は、ずいっと、二美子の鼻先数センチまで顔を近づけ、目を見開いて低い声で言った。

「え?」

「でないとあなたの身に大変な事が……」

「え? え?」

二美子はひどく動揺した。予想していなかったわけじゃない。過去に戻るという事は、自然の法則に逆らう事になる。それなりのリスクはあるはずだと。だが、まさかこのタイミングで言われるとは思わなかった。まさに、ゴール手前の落とし穴である。

とはいえ、ここまで来たら後には引けなかった。二美子はおそるおそる数の顔を覗き込んだ。

「……なに? どういう事?」

「冷めきる前に飲みほせなかった時は……」

「……飲みほせなかった時は?」

「今度はあなたが幽霊となって、ここに座りつづける事になります」

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