間違いない。房木は待っている。ワンピースの女がトイレに行くのを。二美子が受けた精神的ダメージは大きかった。二美子は落胆の表情を浮かべ、再びテーブルにつっぷしてしまった。
ショックを受ける二美子に関係なく、二人の会話は続く。
「なにかやり直したいことでも?」
「それは」
房木は、少し考えてから、
「……秘密です」
と、子供のように、にっと笑顔を見せながら答えた。
「今日はもうトイレに行かないかもしれませんね?」
「そうですか」
「はい」
秘密と言われたのに高竹は嬉しそうにほほえんでいる。そして、ワンピースの女が座る席に目を向けると、
「でも、今日はもうトイレに行かないかもしれませんね?」
と、二美子にとって予期せぬ台詞を口にした。
「え!」
二美子は思わず顔をあげた。ガバッという音が聞こえてきそうなほど勢いよく。
まさか「トイレに行かないかもしれない」という事があるのだろうか? 数は「かならず」と言った。トイレには一日一回「かならず」行くと。なのに「もう行かないかもしれない」という言い方から推測できる事は、すでにワンピースの女が今日の分の、たった一回のトイレをすでにすませてしまっている、という事になる。いや、そんなはずはない。あってほしくない。二美子は(否定して!)と、祈るような気持ちで房木の次の言葉を待ったが、
「そうかもしれません」
と、あっさり認められてしまった。
(噓でしょ!)
二美子はあんぐりと口を開け、叫びそうになったが、驚きのあまり声にはならなかった。なぜ、ワンピースの女が今日はもうトイレに行かないのか? 高竹と呼ばれた女が何を知っているのか? 二美子はその答えを確かめたかった。
だが、なぜか二美子には二人のかもし出す空気の中に割って入る事ができなかった。空気を読む、という言葉があるが、二美子の目には高竹の全身から「邪魔するな」という気配が見える。何を邪魔されたくないのかは二美子にはわからない。だが、そこには他人が入り込めない何かがある。二美子は何もできず、途方にくれていた。
すると突然、
「じゃ、今日は帰りましょうか?」
と、高竹が房木に優しく声をかけた。
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