1週間前の別れ話に一瞬舞い戻る彼女の超常体験 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(4)

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しばらくして、数が奥の部屋から現れた。まだ営業時間内だったのか、仕事着である白シャツに黒の蝶ネクタイ、カマーベスト、黒パンツにソムリエエプロンをつけている。

数はワンピースの女のいたテーブルの上を片づけながら、二美子に声をかけた。

「お客様……」

「……」

「お客様」

「……はいっ」

二美子はビクッとして、上体を起こした。まだ、ハッキリ開いていない目をパチクリしながら、意味もなく店内を見渡し、最後に正面の異変に気づいた。ワンピースの女がいない。

「あ!」

「お席が空きました。お座りになられますか……?」

「も、もちろん!」

「これで一週間前に……」

二美子はあわてて席から立ち上がり、過去に戻れるという席の前に移動した。しばらくマジマジとその椅子を舐めまわすように眺めた。見た限り、なんの変哲もないただの椅子である。二美子の鼓動が速くなる。

数々のルールと呪いを乗り越え、やっと手に入れた過去への切符。

「これで一週間前に……」

二美子は一度大きな深呼吸をした。はやる心を落ち着かせ、ゆっくりと椅子とテーブルの間に体を滑り込ませた。

「……」

この椅子に腰を下ろせば一週間前だと思うと、二美子の緊張と興奮は最高潮に達した。二美子はぴょんと跳ねるように勢いよく椅子に腰をかけ、

「はい、一週間前!」

と、叫んだ。

「……!」

二美子は期待に胸をふくらませ、店内を見回した。窓がないので、昼なのか夜なのかわからない。三つの古い柱時計は三つともチグハグな時間を指しているので何時なのかもわからない。でも、何かが違うはず。二美子は自分が一週間前に戻った証拠を探すために必死で店内を見回した。だが、何ひとつ相違点は見つからない。仮に一週間前に戻っているのなら五郎がいるはずである。なのにどこにも五郎はいない。

「戻ってないよね?」

二美子はつぶやいた。まだ、過去には戻っていない。

(やっぱり過去に戻れるなんて非現実的な事を信じた私がバカだったのかしら……)
動揺を隠せない二美子の隣にいつの間にか、銀のトレイに銀のケトルと真っ白なコーヒーカップを載せた数が立っていた。

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