その話を聞いた時、二美子は壮大ですばらしい夢だと思ったが、TIP︲Gの本社がアメリカにある事は知らなかった。
七度目のデートの待ち合わせで、二美子は五郎が来る前に二人組の男性に声をかけられ ていた。いわゆるナンパである。二人組はイケメンではあったが、二美子は相手にしなかった。街で声をかけられる事は二美子にとって日常茶飯事であり、あしらう術も心得ていた。だが、たまたまその現場に現れた五郎はなんとなく気まずい表情で立ち尽くした。二美子はすぐさま五郎に駆け寄ったが、二人組は侮蔑の表情を浮かべ、五郎の事を「そんな気味の悪いヤツ」と呼び、二美子をさらに口説きはじめた。五郎は黙ってうつむいたままであったが、二美子は二人組に向かって、
「(英語で)彼の魅力はあなた達にはわからない。(ロシア語で)彼は彼の仕事において、困難に立ち向かう勇気をもっている。(フランス語で)あきらめない精神力をもっている。(ギリシャ語で)そして、不可能を可能にするための実力をもっている。(イタリア語で)その実力を得るための努力は並大抵ではない事を私はよく知っている。(スペイン語で)私の知る限り彼以上に魅力的な男性はいないわ」
と、口早に言うと、
「今、私が言った事を理解できたなら、あなた達につきあってあげてもいいわよ?」
と日本語で言った。二人組は呆然と立ち尽くしていたが、お互いに顔を見合わせると気まずそうにその場から立ち去ってしまった。
二美子は五郎に向かってニコリとほほえみ、
「当然、五郎君ならなにを言ったか全部わかったよね?」
と、新しく覚えたポルトガル語で言うと、五郎は恥ずかしそうに小さくうなずいた。
十度目のデートで五郎が今まで女性とつきあった事がない事を告白し、「じゃ、私が初めてつきあう女性って事ね?」と嬉しそうに言う二美子の告白を五郎はただ目を丸くして聞いていた。
二人の交際はここから始まったといえる。
動き出したワンピースの女
二美子が眠ってしまってからどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、不意にワンピースの女が読んでいた本をパタリと閉じた。ふぅとため息をつくと、白いポシェットから真っ白なハンカチを取り出し、ゆっくりと立ち上がった。女はトイレのある方向に向かって音もなく歩き出した。
「……」
二美子はワンピースの女がトイレに立った事に気づかず、寝たままである。
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