1週間前の別れ話に一瞬舞い戻る彼女の超常体験 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(4)

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「おかしな人達……」

二美子は一言つぶやいた。数は房木の座っていたテーブルの上を片づけるとまたキッチンに消えていった。

不意に現れたライバルに少し動揺したが、店内にワンピースの女と二人きりになった事で二美子は自分の勝利を確信した。

「これでライバルは消えたわ、あとはあの席が空くのを待つだけ……」

とはいうものの、窓はなく、店内の三つの柱時計は三つとも異なった時間を指しているため、客の出入りがない限り時間という感覚がなんとなく麻痺してしまう。

二美子はうとうとしながら、過去に戻るためのルールを思い返していた。

まず、一つ目のルールは、過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない人には会う事ができない。二美子は偶然、五郎と別れ話をしたのが、この喫茶店であった。

二つ目のルール。過去に戻ってどんな努力をしても現実は何も変わらない。つまり、一週間前のあの日に戻って、行かないでと嘆願しても、五郎がアメリカに行く事は変わらない。なんでこんなルールが存在するのかと二美子は今さらながら嘆いてみたが、ルールだというのだから仕方ないとあきらめた。

三つ目。過去に戻るには決められた席に座らなければならない。今、ワンピースの女が座っている席である。ついでに無理矢理どかそうとすると呪われる。

四つ目。過去に戻っても座っている席からは移動できない。つまり、いかなる理由があろうとも過去に戻っている間はトイレにも行けないという事になる。

五つ目。制限時間がある。そういえば、このルールについて二美子は詳しく聞かされていない。長いのか、短いのか不明である。

二美子は、それらのルールを何度も何度も思いかえしていた。そのたびに過去に戻っても意味がないんじゃないか? とか、現実が変わらないなら言いたい放題言ってやろう、など、様々な考えを巡らせた。

五郎に聞いた将来の夢

何度ルールを確認したかわからなくなった頃、二美子はついにテーブルにつっぷして眠ってしまった。

五郎の将来の夢を聞いたのは二美子が強引に誘った三回目のデートの時だった。

五郎は世に言うゲームオタクであった。中でもMMORPG(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム、大規模多人数同時参加型オンラインRPG)というパソコンでやるオンラインゲームが好きで、五郎の叔父は世界規模で展開されている「arm of magic」というMMORPGの開発者の一人であった。五郎が幼い頃からその叔父の影響を受けたのは言うまでもない。五郎の夢はその叔父のゲーム会社「TIP︲G」に入る事だった。ただし、TIP︲Gの入社試験を受けるには五年以上の医療系システムエンジニアとしての経験と、個人で開発した未発表の新作ゲームのプログラムが必要だった。医療系は業界の中でも人の命に大きく関わるシステムなだけにミスが許されない。現在、多くのオンラインゲームは発売後にもアップデートする事が可能なため、多少のミスは容認する傾向があるが、TIP︲Gはより優秀なプログラマーを獲得するために医療系経験者のみを選考対象とした。

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