大澤:でも日本人とロシア人では国民意識が違いすぎますよ。第2次世界大戦の日本の状況と今のロシアの戦況もだいぶ違うと思うし。
橋爪:確かにね。当時の日本とロシアが違うのは、日本はもう何年も総動員体制をとっていて、国民生活は窮乏し、我慢しながら、すべての資金や資源を戦争に注入して、それを民間人は受け入れて生活をそうやって再組織していたわけです。
でも今のロシアはそんなふうには全然なっていない。自分の国が戦争を起こしているのに、われ関せずといった感じで、何となくプーチン支持を続けている。「欲しがりません、勝つまでは」なんていう空気はまったくないですよ。
「欲しがりません、勝つまでは」の総動員体制の場合は、方向を変えるのは、ある意味容易とも言えます。みんながだまされていたということにすればいいわけだから。そういうトリックを考えた人がいて、5、6年みっちり教育して、日本国民は軍部なしで再出発することができた。
こういう手がロシアで使えるかどうかはよくわからないが、ロシアに明るい未来を約束することはやってできなくはないと思う。西側企業が進出して、石油や天然ガスをたたき売りするというようなやり方ではなく、産業と科学技術と文化の基盤を元のロシアのようにつくり上げる。
そしてロシアを、いずれEUに迎え入れてあげようと約束をすれば、ロシア国民は納得するんじゃないか。
プーチンは、言ってみれば、仲間に入れないんなら向こうを張ってやるという戦い方とも言える。そこをうまく仲間に引き込む形が取れれば、このやり方は可能性があると思う。そのためにも10年ぐらい軍事占領して、軍政をしく必要がある。さもないと、ミニプーチンがまた出てくる。
プーチンの本音は「EUに入りたかった」
大澤:なるほど。おっしゃることはわかります。でもね、戦後の軍事占領によってわれわれが得たもの、失ったものを考えると、一概に明るい未来があるとは考えにくいですね。われわれの社会は今日まであまりにも極端な対米従属の中でやってきましたよね。
確かに橋爪さんがおっしゃったように、1945年の7月、8月は、一億玉砕の空気になっていたと思う。あのとき天皇陛下が戦争をやめることを最終的に決断するわけですが、本当は民衆の中で反戦運動のようなことが起きて、その中で終わっていればまた別の未来が日本にはあっただろうなと思うんですよ。
実際にはそうならなかったけれど、逆に言えば、あれほど簡単に日本が敗戦を受け入れたということは、本当は戦争をやめたい人がたくさんいたということです。けれど、それがはっきりとした行動や思想として出るまでには至らなかったんですが。
ソ連でゴルバチョフが誕生したことによって東ヨーロッパが民主化したわけです。しかし、ロシアはこの民主化の波の中でいちばんの後れをとってしまった。逆のケースの極が東ドイツです。東ドイツが民主化できたのはほんとうは、隣接する同じ民族が東ドイツの反政府的な活動を支援したからです。他者によって誘発され支援されたものだったのですが、それを東ドイツの人びとは、自分たち自身の勝利として体験することができた。
だから、意味づけの問題なんです。ロシアが敗北したとしても、ロシアの国民の欲していたものが実現したと意味づけられる形で終わることが望ましい。それがなければ、将来的にEUに加盟することも難しいじゃないですか。そもそもプーチンの本音はEUに入りたかったんだと思いますよ。