大澤:うん、でもロシアと日本では国民意識がだいぶ違うと思うんです。いま、まだロシアは敗戦していませんが、長い目で見た場合、ロシアが敗戦するという解答以外に許されない状況になっていると思う。
でも仮にロシアが軍事的に敗北したとしても、単純にたたきのめしただけでは、そこにポテンシャルとしての脅威は残ったままで、ロシアの国民は今よりもっと不幸になるんじゃないかと思います。
確かに今プーチンはかなり孤立していますが、はっきり言ってロシアには、プーチン的なものを愛してしまう国民意識がある。われわれ西側から見ると、ゴルバチョフという人はかなりの英雄に見えるわけですが、ロシアの国民からはまったく人気がない。
だから、今回無理な戦争をして退陣せざるをえなくなったとしても、そのプーチンを支えていた国民感情は残ってしまいます。ですから、軍事的に敗北したとしても、脅威は残るんです。
いちばん理想的な終わり方は、その敗北をロシア国民がもたらすこと。しかも、彼らの愛国心のゆえにです。例えば、東欧諸国で次々と民主革命が起きることで冷戦の決着がつきましたね。その気運です。
冷戦において東側諸国は負けたけれど、その敗北をもたらしたのは実は東欧諸国の国民じゃないですか。自分たちの力で民主化することによって、冷戦では負けたけれど、しかし、国民は勝ったというシナリオができた。それがいちばん望ましいんです。
ロシア国民の自尊心が傷つかない終わり方
橋爪:うーん、どうだろうね。そんなシナリオが実現できるのか、私には疑問だなあ。
大澤:いや、現実に起きそうにないことは確かですが、論理的には、そうならないとロシア国民にとっては不幸であり、危険でもあるんですよ。国と国との戦争としてはロシアは負けたけれども、勝利者はウクライナやヨーロッパ、NATOだけではなく、その最も重要な勝利者は実はロシアの国民であったという終わり方がいちばん望ましいんですね。
そういう形になった場合、橋爪さんの言うある程度の占領統治が行われたとしても、ロシア国民の自尊心を傷つけることなく、ロシアを民主化することができるんじゃないか。
この戦争でヨーロッパに託されている理念が勝利したときに、その理念に、できればロシア国民が巻き込まれていく形で勝利がもたらされるのがいいと思う。そうすれば、常軌を逸したプーチン体制を乗り越えたのは自分たちロシア人だという自負が持てる。僕はどうしてもそういう終わり方を考えてしまいます。
橋爪:大澤さんの考えはよくわかるんだが、はっきり言わせてもらうと、それはルソー的ロマン主義ですよ。市民が立ち上がって、革命がうまくいったというシナリオ。権威主義的体制の問題は、そういう市民はどこにもいないということです。ロシアにもいない。中国にもいない。一般に権威主義的体制の国では、そういう市民は存在できないし、育たない。
日本の場合を考えてみてください。1945年の7月、8月の時期に日本人が考えていたのは一億玉砕ですよ。負けるという選択肢はないから、どうやって全滅しようかと考えていたわけ。
そんなことを考えている人びとが、軍部に反対し、天皇に反対し、私たちの日本をつくりましょうなんて思うはずがない。だから、連合国は、一刻も早くこの国を降伏させて、脱洗脳しないといけないと考えたわけです。