どちらに共感?「紫式部と清少納言」真逆の仕事観 現代の「同人誌」活動に通じる「源氏物語」誕生秘話

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もちろんそこには、藤原道長というパトロンの存在、宮中で女房文化が発達していた時代性、紫式部の父親が彼女に中国の文学を教えられる学識を持っていたこと……さまざまな要因がある。『源氏物語』という達成の理由は、1つに決められない。

しかしその要因の大きな1つに、「物語について解釈を語り合う仲間がいたこと」はかなり大きいのではないか。

誰にも読まれずに長い物語を書くことができる人もいるだろうが、やっぱり誰かが読んでくれて、感想をくれる存在がいたというのは、物語の作者への貢献が大きかったのではないか。『源氏物語』がどの程度読まれていたのかはわからないが、少なくとも、紫式部にとって心を開いて物語について語り合い、感想を送り合える友人がいたのである。

今、SNSで物語について語り合う人々がいるように、平安時代にも女性同士で物語について手紙を贈り合えるコミュニティーがあったのだ。お手紙文化、平安時代から存在していたのか……と思うと、胸がきゅんとする。

宮中で働き始めて、急に熱が冷めた

しかしそんな物語に熱中していた紫式部も、宮中で働き始めて、なんと熱が冷めてしまったらしい。

<原文>
試みに物語を取りて見れど、見しやうにもおぼえず、あさましく、あはれなりし人の語らひしあたりも、われをいかに面なく心浅きものと思ひおとすらむと、おしはかるに、それさへいと恥づかしくて、えおとづれやらず。心にくからむと思ひたる人は、おほぞうにては文や散らすらむなど、疑はるべかめれば、いかでかは、わが心のうち、あるさまをも深うおしはからむと、ことわりにて、いとあいなければ、仲絶ゆとなけれど、おのづからかき絶ゆるもあまた。(『紫式部日記 現代語訳付き』紫式部、山本淳子訳注、角川ソフィア文庫、KADOKAWA、2010年)

<筆者意訳>宮中で働き始めた今、ためしに物語を手にとってみたけれど。以前のような嬉しさを感じなくて、私は呆然とした。昔、物語についてときめきながら語り合った仲間についても、

「女房勤めなんて体裁の悪いことするの、恥ずかしくないのかな」

と思われているんだろうな……と想像して余計に落ち込んでしまう。だから彼女たちに手紙を贈ることができない。ましてやスノッブな感じの友人なんて、きっと「女房をしている友だちに手紙を贈ったら誰か知らない人に読まれてしまうわ」と思っているんだろう。そんな人が私の本音を理解してくれるとも思えない。

まあそれはしょうがないことだ。考えても意味がないし、絶縁ってわけでもないけれど、自然と手紙が途絶えた人はたくさんいる。

宮中にあがる前はあれほど熱中していた物語について、どうにもやる気がなくなってしまったらしい。今でいえば、大学時代に熱中していたものに、就職したらハマれなくなったようなものだろう。

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