「プロバイダ責任制限法改正」SNSの誹謗中傷は? 今年10月に施行、手続きなどが楽になったが…

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以上のように聞くと、とにかく発信者情報開示をしやすくしていったほうが良いように思える。

しかしそれは、別の負の効果を生む可能性がある。ネット上で言われた意見に対して手当たり次第に訴訟を起こして報復する、“スラップ訴訟”の危険性である。とくに金銭的余裕のある人は、訴訟提起で赤字になるリスクが小さく、名誉棄損を主張して相手方に弁護士費用や時間を消費させることができる。

極端な例として、発信者情報開示請求のハードルを極限まで下げて、請求すればすぐに相手の情報がわかるようになったとしよう。これは実質的にネットの匿名性がなくなった状態といえる。

すると、お金さえあれば、ネット上で自分に批判的な意見を言う人を次から次へと訴訟することができる。仮にそれらすべてがただの批判であり、敗訴したとしても、当該人物に批判的な意見をネット上で投稿することは相当に難しくなるだろう。投稿すればどんなに正当な批判であったとしても、裁判を起こされ、時間の浪費と精神的疲労を味わうことになるためである。

そのようなことも考慮し、プロバイダ責任制限法の改正については、適切なバランスを検討されてきたのである。

ステークホルダーの取り組みがカギ

法改正によってネット上の誹謗中傷の被害者は訴えやすくなり、実際これから訴訟量は増えると予想される。これまであまりにも被害者が不利だったことを考えれば、本法改正は非常に意義深い。

しかし前述したように、これで根本的な解決になるわけではない。法律というものは完璧なものではなく、何かを取れば何かを失う微妙なバランスの上に成り立っている。法改正だけですべてが解決することなどないのである。

だからこそ、ネット言論について有効な特効薬はないということを認識したうえで、各組織・人がそれぞれ適切な対策をとって一歩ずつ前へ進んでいくことが大切だ。

政府には、今後も適切な法律や被害者支援の在り方について、検討を進めることが求められるだろう。プラットフォーム事業者には、誹謗中傷を投稿しづらくするような機能上の工夫や、透明性の確保が求められる。業界団体には、相談窓口の拡充やSNS利用に関する啓発活動が求められる。

メディアには、炎上の拡声器になって誹謗中傷をネット上にあふれさせないような工夫や、批判をあおらない番組作りが求められる。教育の面では、ネット上での言葉遣いも良識に従うといった情報の発信だけでなく、ネット上の情報の偏りやフェイクニュースといった情報の受信についての教育・啓発の充実も求められる。

そして1人ひとり、「他者を尊重する」という当たり前の道徳心を忘れず、自分が言われて嫌なことを投稿しないことが大切だ。

このように皆が進んでいけば、誹謗中傷問題を完全に解決することはできなくても、改善していくことはできるのである。

山口 真一 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授

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やまぐち しんいち / Shinichi Yamaguchi

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学、ネットメディア論、情報経済論等。NHKや日本経済新聞などのメディアにも多数出演・掲載。主な著作に『ソーシャルメディア解体全書』(勁草書房)、『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)等がある。KDDI Foundation Award貢献賞等を受賞。他に、東京大学客員連携研究員、早稲田大学ビジネススクール兼任講師、シエンプレ株式会社顧問、株式会社エコノミクスデザインシニアエコノミスト、総務省・厚労省の有識者会議委員等を務める。

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