低迷する日本女子マラソンの"深い闇" わずか2年でやめてしまう女子選手の苦悩

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女性特有の悩みは男性の指導者には相談しにくいが、女性の監督が非常に少ないのも問題だ。昨年12月の全日本実業団女子駅伝に出場した全26チーム中、女性の監督は4人のみ。高校や大学に目を移しても、強豪陸上部の指導者はごく少数で、昨年の全国高校女子駅伝に出場した全47チーム中、女性の監督は3人だけだった。こんな状況では、女子ランナーの心の叫びは届かないだろう。

実業団へは“片道キップ”が原則

いくら有望な選手でもチームカラーや監督の指導法に合わないことがある。そこで挫けてしまうと、陸上選手としての道は閉ざされてしまうことが多い。一般社会では、自主退職したからといって、同業他社への再就職が制限されることはないが、陸上界では、前の会社から「円満退社」が認められなければ、他チームへの移籍ができない“ルール”があるからだ。

元選手は、「男子は出るところもあるみたいですけど、女子の場合、『円満』はまず出ませんよ」と言い切る。「ここがダメなら自分がやめるしかない」という状況なのだ。チームになじめないと、移籍を希望しても、「円満」退社がでない限り、移籍はできない。だから、そのまま「引退」という流れになってしまう。基本、実業団への道は“片道キップ”で、引き返すことはできないのだ。この悪しき慣習のなかで、何人もの有力選手がシューズを脱いでいる。

引退後は正社員として会社に残ることもできるものの、他の社員と違い一般業務をあまりしてこなかったこともあり、会社に残る人は少ない。退社したら、まずは地元に帰るのが一般的だ。専門学校に進む人もいるが、元選手は「やめた人はバラバラだけど、皆たいしたことはしていない。フリーターに近い人が多い」という。

では、一般的な会社ではいまだ花道ともいえる「寿退社」はどうか。それも実業団チームでは滅多にいない。その理由は、「競技と恋愛が両立できない」からだ。基本、食事は提供されるので、食べないわけにはいかない。監督の目も光っている。

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門限などがある寮だと、夜遅くまで出歩くことはできない。陸上部以外の友達とご飯を食べにいくのも一苦労だ。出会いがないだけでなく、合宿など遠征が多いため、彼氏がいたとしても会える日は限られてくる。

結婚・出産後も世界大会で活躍した赤羽有紀子のような選手は、日本では本当にわずかしかいない。「身を削る」という表現があるが、今回の取材で、実業団の女子ランナーたちは、文字通り身を削って、青春時代を競技に捧げていることがわかった。それで、「世界」のステージで輝くことができればいいが、夢半ばで引退してしまう選手が大半だ。残るのは思い出だけになる。それが良いかたちならハッピーエンドかもしれないが、そうでなければ悲しすぎる。

女子選手がいかに幸せに競技を続けることができるか。ハピネスのかたちは人それぞれとはいえ、指導者の“意識改革”が、日本女子マラソン界の低迷を打破するカギだと思えてならない。
 

酒井 政人 スポーツライター

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さかい まさと / Masato Sakai

東農大1年時に箱根駅伝10区出場。現在はスポーツライターとして陸上競技・ランニングを中心に執筆中。有限責任事業組合ゴールデンシューズの代表、ランニングクラブ〈Love Run Girls〉のGMも務めている。著書に『箱根駅伝 襷をつなぐドラマ』 (oneテーマ21) がある。

 

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