変われなかったロスジェネ世代に感じる深い失望 なぜ各種ハラスメントは撲滅に至らないのか
私は仕事柄、経営者や有識者などとの接点が多い。社会的に信用を得ている人でも、上記のような「けど、ぶっちゃけさ」トークで相手との距離を縮めようとする人は珍しくない。それを聞くと、お前もか……という失望と、危なっかしいなという警戒心と、あんた私をなめとるなという不信感を覚える。
そして、それは胸の辺りがヒヤッとする感覚を伴っている。もしかして、無意識のうちに自分もこうなっているのではないか?と不安になるのだ。
アップデートできない人たち
あなたはどうだろうか。気合いを入れるつもりで放った一言、社内だから大丈夫と思った業務チャット、場を和ませようとして言った下ネタ、愛情表現でやった“いじり”、恋愛だと思って縮めた距離、互いに割り切っているつもりで持った関係、親密さを示すためのぶっちゃけ毒舌トーク、「世間的にはダメだろうけどまあ、わかるよね? 内輪だし」という、すべて。私は過去の自分の発言を振り返って恥入り、思わず「わああ」と声が出てしまうことがある。
かつては平気で口にしていた言葉が、今は暴言や差別発言として批判される。相手の受容は好意と同意の証だと思っていたのに、ハラスメントされたと言われる。アップデートできていない当人は「何でこれぐらいのことで?」と面食らうが、ドン引きしているのは周囲のほうだ。
9月末にはアップルの上級幹部トニー・ブレビンズ氏がSNS動画で自身の職業について尋ねられた際に「高級車に乗ってゴルフをし、巨乳の女性を優しくなでている」と回答した様子が拡散された。同氏は「“間違ったユーモアの試み”で気分を害した人に謝罪したい」とコメントを出したが、解任されている。
このニュースを読んで「そんなことも言っちゃダメなの? 処分が厳しすぎない?」と思った人もいるかもしれない。
念の為に記しておくと、解任されたのはジョークが滑ったからではなく、女性を性的な愛玩物のようにみなす発言が問題視されたからである。アップルは内部告発を受けて調査し、多様性と人権を重視する企業として到底許容することができないという判断から、解雇に至ったと報じられている。
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