騒動を受けて、大久保の判断は早かった。「最近は群衆が隆起して、人心の乱れようは麻糸がもつれているかのようだ」と危機感をあらわにしながら、大蔵卿の大隈重信や、工部卿の伊藤博文に相談。税率を3%から2.5%へと軽減している。
一揆にひるんで税率を下げたことは「竹槍でドンとつき出す二分五厘」と、庶民から弱腰を揶揄されることになった。それでも、大久保が一揆の沈静化を急いだのは、熊本県と山口県で、士族の反乱が立て続けに起こっていたからだ。
西郷隆盛が喜んだ「士族の反乱」
大久保は地租改正によって歳入を増やすと同時に、歳出削減にも着手していた。明治9(1876)年には、金禄公債証書発行条例を定め、士族の家禄を廃止。大久保に対する士族の不満はピークに達していた。
農民による一揆が起きる中、滋賀県知事の籠手田安定は、大久保の側近の五代友厚にこんな警告している。
「もし不平士族がこれに相応じ、さらに大有為の者が万が一、大挙して天下をとろうとしたら、人民は水が低きに流れるがごとく従う恐れがある」
「大有為の者」とは、西郷隆盛のことだ。鹿児島で湯治していた西郷だったが、明治9年11月に元薩摩藩士の桂久武に宛てた手紙の中で、萩で士族の前原一誠らが決起したことをこう喜んでいる。
「この2、3日、珍しく愉快な報告を受けました」
冷酷とされる大久保とは対照的に温和なイメージが強い「西郷どん」だが、その実は根っからの政治好きだ。血が騒ぐのを抑えられなかったらしい。「天下が驚くようなことを成し遂げることでしょう」と、不穏な宣言をしている。
大久保と西郷。盟友同士が激突する日が近づいていた。
(第52回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
大江志乃夫「大久保政権下の殖産興業政策成立の政治過程」(田村貞雄編『形成期の明治国家』吉川弘文館)
入交好脩『岩崎弥太郎』(吉川弘文館)
遠山茂樹『明治維新』 (岩波現代文庫)
井上清『日本の歴史 (20) 明治維新』(中公文庫)
坂野潤治『未完の明治維新』 (ちくま新書)
大内兵衛、土屋喬雄共編『明治前期財政経済史料集成』(明治文献資料刊行会)
大島美津子『明治のむら』(教育社歴史新書)
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