アントニオ猪木がテレビに遺した「多大なる貢献」 プロレスだけでなく各種ジャンルでスターだった

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また「闘魂注入」と称して、希望者の頬への“ビンタ”も、猪木さんの代名詞的なセレモニーだった。

2004年頃、私が朝の情報番組を担当している時に、猪木さんが番組の告知でスタジオに登場したことがあった。

そして猪木さんが見上げるような体躯で番組の告知を終えたあとに、番組サイドから「お約束」でゲストやスタッフに闘魂注入をお願いしたところ快諾いただいた。

そしてCM中に希望者を募ったところ、男性ゲストやディレクター、AD、カメラマンからナレーターまで20人近くが猪木さんの前に行列を作った。

猪木さんはひとりずつ「右の頬」に強烈なビンタを張っていく。
「闘魂」を注入された男たち(女性も数人並んでいたが)は、痛がりつつも喜々として「至福の表情」で猪木さんに「ありがとうございます!」とお礼を言っているのだ。

闘魂注入の途中で番組は終了してしまったが、放送後も猪木さんは全員に闘魂を注入してくれたのである。

私は改めて猪木さんのスター性・カリスマ性を目の当たりにした。

この猪木さんの「闘魂注入」は、その後形を変えて大晦日のダウンタウン特番での、蝶野正洋による「ビンタ芸」へと繋がっていくのである。

テレビとともにあったスーパースター

今はこうした暴力的な演出については問題視されることがあり、世の中の趨勢として受け入れられにくい面がある。ただ、報道ニュース、ワイドショーだけでなく、このようにバラエティのジャンルにおいてさえ猪木さんは強い足跡を残してきたことを付け加えたい。

まさにテレビとともにあったスーパースターだったのだ。

そもそも猪木さんが「カリスマ」として輝いた「ワールドプロレスリング」も
テレビ局とプロレス界の関係性がもたらした「産物」だった。

力道山と日本テレビの強力タッグによって人気を誇っていた「日本プロレス」は力道山の死後、ジャイアント馬場をエースとして、引き続き好調な興行成績をあげ、日本テレビの中継も高視聴率を獲得していた。

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