「あと半年水が引かない」大洪水パキスタンの今 凶暴化するモンスーン、凶暴化する被害の現実
だが、残った人々の生活は悲惨だ。マラリア、デング熱、水を介して広がる病気が蔓延している。この地域は洪水で水没した後も、さらなるモンスーンの降雨や熱波に襲われてきた。政府は住民が感電しないよう、同地域への電力供給を遮断した。そのため、夜は完全な暗闇となる。ほとんどの村には何の援助も届いていないと住民たちは語る。
「私たちは見捨てられている。自力で生きていかなければならない」と、ダードゥ地域のワド・ホーサ村に住む綿花農家、アリ・ナワズ(59)は言った。
ワド・ホーサ村には、大地主の農地で綿花を育てている小作人150人ほどが暮らしている。こうした封建的な農業システムはシンド州では一般的なものだ。住民によると、収穫を間近に控えた2週間ほど前のある夜、綿花畑は洪水に飲み込まれたという。
明け方に家から外に出た住民はあっけにとられた。地平線の彼方まで続く水に、村が完全に取り囲まれてしまっていたからだ。
「頭の中が真っ白になった。どうしよう、と思った。子どもたちが泣いていた」と住民の1人、ナディア(29)は言った。パキスタンの農村地帯の女性の多くがそうであるように、ナディアには姓がない。
水位はあれから30センチメートルほど下がったというが、今や孤島と化した村はとても暮らせる場所ではない。村に2つあった井戸は、どちらも洪水で破壊された。そのため、手押しポンプで組み上げた塩気のある水を飲むしかない。以前なら衣服や皿を洗うのにしか使われなかった水だ。村のほぼ全員がマラリアか腸チフスにかかっているとナディアは言った。
食料を手に入れるにはヘビが泳ぐ汚水を…
食料を手に入れるのにも、たいへんな苦労が伴う。洪水が始まってから、野菜の価格は3倍になった。ナディアの家族にはボートで市場に行くお金がない。そこで、いとこのファイズ・アリ(18)が数日おきに腐敗臭のする水を20分ほど泳いで向こう岸に渡り、そこからは徒歩で洪水を免れたジョーヒという町の市場に買い出しに行く。以前なら道があった場所を泳いでいるのだ。
少量のイモ、コメ、野菜を買うと、小さな袋に入れて背中にくくりつけて泳いで帰宅する。悪臭を放つ湖に頭をつけないようにして泳ぐのは、水を飲み込まないようにするためでもあるし、水面をくねくねと泳ぐヘビに目を光らせるためでもある。
「とても大変だし、怖い。今でも毎回、怖い思いをしている」と彼は言った。
(執筆:Christina Goldbaum記者、Zia ur-Rehman記者)
(C)2022 The New York Times
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら