寅さんが「何度でも失敗が許される」本当の理由 渡る世間には「ケアと就労」2つの原理が必要だ

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「2つの原理」を行ったり来たりすることのヒントは、映画『男はつらいよ』に学ぶことができます。主人公の車寅次郎(以下、寅さん)は、中学校のときに家を飛び出したきり戻らず、映画第1作において約20年ぶりに故郷・葛飾柴又に帰ってきます。寅さんは家に帰らなかった間、日本の各地で「売」をするテキ屋稼業を営んでいたのです。第50作まで続く映画『男はつらいよ』シリーズは、寅さんが家に帰ってきては家庭内で喧嘩をし、旅立った先の各地で「売」をしながらさまざまな人と出会い、また故郷に帰ってくることが骨子の物語です。そんな寅さんの有名なせりふに、「そこが渡世人のつらいところよ」というものがあります。「渡世人」とは何でしょうか。かつて東京大学史料編纂所に勤めた歴史学者・山本博文氏は、以下のように述べています。

通常の商売などに従事しないで生活を送る者ということで、「無宿渡世人」は各地の博徒の親分のもとを渡り歩き、博打をしたり小遣い銭をもらったりして生活した博徒を指すが、実は、こうした使い方は江戸時代にはなかった。博徒は多くが無宿であり、「無宿」は誇るべきことでもなかったから、わざわざ自分から「無宿渡世人」ということもなかったのである。(「時代劇用語指南」『imidas』より)

「渡世人」とは、「通常の商売などに従事しないで生活を送る者」という意味だといいます。確かに寅さんは、生活のために各地で「売」をする露天商・テキ屋という意味合いで渡世人という言葉を使っています。さらに「渡世」には「生活」という意味もあり、「生きていく」というようにも使われたそうです。このように「渡世」にはさまざまな意味が込められていますが、さらにぼくはもうひとつの意味を付与したいと思っています。それが「2つの原理を行ったり来たりしながら生きていく」という意味です。

寅さんが「何度でも失敗が許されている」理由

寅さんは日本全国で「売」をしている間、困っている人を助けたり、食事をご馳走してあげたり、最終的には「困ったことがあったら、いつでもおいで」と、東京の実家の団子屋さんの名を告げて別れます。テキヤ稼業を営む寅さんは、自分の手で賃金を稼ぎ、働いて生きています(たまに無銭飲食や宿泊をして、妹のさくらが旅先に呼び出されるのですが)。寅さんは自分の労働力によって社会とつながっている、つまり就労している実感があるからこそ「困ったことがあったら、いつでもおいで」とケア的振る舞いができるのです。寅さんが生き生きと「売」ができるのは、彼自身のなかでケアと就労の「2つの原理」がうまく噛み合って作動しているからなのです。

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