インフレ加速の先に見える世界秩序の大変化 アメリカがウクライナ戦争で妥協できない理由

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ウクライナ戦争はその意味で、新たな時代をつくったといえる。西欧側のウクライナと非西欧側のロシアが代理戦争を行っている間に、2つの世界が分離し、非西欧が新たな通貨構築を考え始めているからだ。しかも、重要なのは、経済において非西欧抜きに、西欧は何もできないということだ。

1973年の石油ショックのときにわかったのは、弱小国といえどもエネルギー資源を握っている国を敵にまわすとたいへんなことになるということだった。ロシアはEUへのエネルギーの供給基地である。一見、西側の技術と資本はロシアをたんなる原料供給基地にしているようにみえる。しかし、実際には完全に急所を捕まれているのだ。農業においても工業においても、原料やエネルギー、部品、ひいては100円ショップの商品などいずれも非西側から供給されている。はっきりいえば、非西欧がなければ毎日の生活すらままならない。

これまでうまくいったのは、“西側連合”がアメリカ軍によってこれらの国を支配し続けていたからだ。アメリカ軍が張り子の虎であり、非西欧諸国が互いに協力すれば西欧に抵抗することが可能だとわかればこの体制は意外に脆い。

欲しがりません、勝つまでは

まさにその抵抗が、先進国自らが加えた経済制裁によって起こった。経済制裁に抵抗すべくロシアやインド、中国などのBRICs諸国、さらにはアジアやラテンアメリカ、アフリカ、中東諸国が連携をとり、西側に対して石油や天然ガスなどの供給を制限し始めたのである。今では、通貨や経済協力などにおいて非西欧諸国は連携を取り始めている。そうなると、石油ショックのとき以上のインフレーションが西側世界で起こるかもしれない。

貿易赤字と財政赤字を抱えるアメリカは世界に大量のドルを過剰供給し、つねにインフレを創出してきた。そんなドルが、世界から閉め出されたらどうなるか。ルーブルや人民元による支払いとなれば、アメリカは支払い不能に落ちる。そうなると輸入は不可能だ。だからこそドル体制を維持し、世界経済を牛耳るしかなくなる。それが端的に現れたのが、今回のウクライナ戦争ともいえる。

だからこそ、アメリカはロシアに譲歩して停戦することなど許されない。先進国の国民は、迫り来るハイパーインフレーションと第3次世界大戦への可能性におののきながら、とはいえ、なすすべもなく戦争継続と勝利の夢に酔いしれるしかない。敗戦など、ありえない。敗戦となれば200年の西欧による世界支配の時代がいよいよ終焉を迎え、アジア・アフリカの時代が始まるかもしれないからだ。

となれば第2次大戦中、日本で繰り返し言われてきた「欲しがりません、勝つまでは」というプロパガンダの言葉が現実味を帯びてくる。ただアジア・アフリカの新しい時代を受け入れれば、インフレなど終わるかもしれない。しかし、これまでの栄光を持続するには、かたくなに今の体制に固執するしかない。これまで西欧だけに有利であった世界経済のゲームがチェンジするだけのことだが、先進国の国民はこのゲームチェンジを何よりも恐れているのだ。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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