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嫉妬に狂う弟子を諭した「立川談志」本質突く名言 自身の経験に基づく教訓「現実は正解なんだ」

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  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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病名は「落葉状天疱瘡(らくようじょうてんぽうそう)」。いわゆる難病であり、手の打ちようがなかった。池田は前年に宇都宮税務署長に就任したばかりだったが、仕事どころではない。かゆみで30分も熟睡することが難しくなった池田。苛立ちから癇癪を起しては人生に絶望した。池田を献身的に支えたのが、結婚したばかりの妻の直子だ。

「10年、15年先には必ず全快します。私の力で全快させてみせます」

妻は池田にそう約束したが、過酷な看病にもかかわらず自分は弱音を吐いてはいけないというプレッシャーがのしかかる。闘病生活が2年に及んだころ、力尽きたのは妻のほうだった。狭心症で急逝している。池田はのちに追悼集『忍ぶ草』の扉でこう綴った。

「医薬の療法なく、ほとんど絶望と診断された私を、一年半余り寝食を忘れて死の直前まで看護し励ましてくれた直子の忍耐強さには敬服のほかなく…… 」

官僚として終わった存在からのどんでん返し

悲しみに暮れる池田だったが、病魔は容赦なく、猛威をふるい続けた。介護は妻から母へと変わる。ミイラのように全身を白いガーゼで包みながらの壮絶な闘病生活は否が応でも近所の目を引く。「池田のぼんぼんは腐っとる」と陰口を叩かれて、伝染病だとあらぬうわさに苦しめられた。

『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか 視野が広がる40の考え方』(PHP研究所)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

この地獄が終わるとすれば、それは症状が顔面や舌に現れたときだ。それは、すなわち死を意味している。しかし、池田の症状は首の下のギリギリのところでとどまり続けた。

池田は闘病4年の末、奇跡的に回復する。

仕事に復帰したものの、官僚としては終わった存在だったといってよい。出世からはすっかり遅れて、派閥からも弾かれている。池田はのちに振り返る。

「省内で重要会議があっても、全然、俺を呼んでくれない。いつもポツンととり残される。こん畜生と思った」

だが、どんでん返しが起きる。戦後GHQにより公職追放、いわゆるパージが行われ、重職にいた人物は失脚。出世の遅さが幸いし、池田は追放を免れて、大きな飛躍を遂げる。終わったかに見えた人生は、まだ始まってもいなかった。

立川談志、モハメド・アリ、池田勇人らが「人生の壁」を前に、どんな行動に出たのかを紹介した。

この3人だけ見ても、壁の乗り越え方はさまざまだ。談志は自分の不満を原動力に大きな改革を成し遂げたし、アリは不屈の魂でカムバックを果たした。池田にいたっては、日々生きることで精いっぱいだったが、時を来るのをただ待った結果、人生の本番を迎えることになる。

最も重要なのは、いかなるときも人生を投げないということ。「夜明け前が一番暗い」 。数々の偉人たちの人生を執筆してきて、そのことを強く実感するのである。

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