医師が解説「心肺停止は死とは異なる」という真意 ドラマで心電図の波が平らになるというのは…

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医学は科学的なものであるべきですし、医学を用いて行われる医療は科学を尊重する立場に立つべきだと信じるからです。患者さんの家族が間に合うまで死の宣告をしないということは、現実問題としてはあるかもしれません。でも、そういう行為が濫用されることは、決してあってはいけないと強く思います。

みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる

斎藤茂吉の『赤光』「死にたまふ母」のこの有名な歌は、人の心を穿(うが)ちます。自身も精神科医である茂吉は、母の命が薄いことを察知していたからこそ、山形に住む母のもとに急いだのです。

医師も人間なのです。科学と心情という両価性を大切にしながら、医師はなすべき仕事を真摯に遂行しているのだということを理解していただければと思います。

「AEDが使えない」の誤解を解く

現地でAEDが使えなかった――。安倍元首相の件では、誤解を生じるようなこんな情報がさっと走り、広がってしまったことも、一連の初期報道の中で印象的なことでした。

AEDは心臓のリズムを戻す道具です。ダメージを受けて正常の規則的な動きを失ってしまった心臓の働きを、電気的刺激を使ってショック療法的に元に戻す(除細動といいます)、言うなればとても強引な治療装置がAEDです。

そういう特徴の裏返しとして、当然ながら万能なものではありえません。医学的に正確には、AEDは除細動を実現するものであり、それ以上のものではありません。もう少しわかりやすく説明します。

人間が生まれてからずっと、心臓は規則正しくリズムを刻み、全身に血液を送り出す仕事をしています。このリズムが乱れてしまう不整脈の程度が制御不能なくらいにひどくなってしまったとき(医学的には、主として心室細動や無脈性心室頻拍など)だけがAEDの出番なのです。

ですから、心臓の病気やケガであれば、どんな場合にも使える魔法の機械などでは決してないのです。安倍元首相の状態は、AEDが有用なケースには該当しなかったということです。

「心肺」という熟語の存在に象徴されるように、心臓と肺は別々に動いているわけではありません。心臓が送り出す血液は、豊富な酸素を全身に運びます。その酸素を供給するのが肺の役割です。

両者は強力なタッグを組み、生命活動の中心を担っています。

人間の心臓の拍動は1日に10万回。多いなと思った方は、単純な計算なので、スマホで電卓をたたいてみてもらえればと思います。1分間に60~80回くらい、だいたい1日の秒数と同じですから、やはり9万~11万回くらい(1日は86400秒)になります。一生積み上げると30億~40億回という膨大な数です。

任務に忠実なこのペアは、黙々と毎日の仕事をこなします。心臓や肺がいかによくできている代物であるとはいえ、休ませることも取り替えることもできません。それらにかかる負荷は相当なものです。さまざまなストレスや病気、あるいは事故によって、順調な活動に時として支障が出ることは避けられないものだと思います。

頑張ってくれている彼らにも限界はあるのです。この機会に、ご自分の胸に手を当ててみてはいかがでしょうか。

奥 真也 医療未来学者・医師

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おく しんや / Shinya Oku

1962年大阪府生まれ。医療未来学者、医師、医学博士。経営学修士(MBA)。大阪府立北野高校、東京大学医学部医学科卒。英レスター大学経営大学院修了。東京大学医学部附属病院放射線科に入局後、フランス国立医学研究所に留学、会津大学先端情報科学研究センター教授などを務める。その後、製薬会社、医療機器メーカーなどに勤務。著書に『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『医療貧国ニッポン』 (PHP新書)、『人は死ねない 超長寿時代に向けた20の視点』(晶文社)、共著に『死に方のダンドリ』(ポプラ新書)がある。

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