敗戦した日本軍の描写が今の日本と似る事の意味 歴史に学んで日本的組織の弱さを考え直す
いまの日本のこととしか思えない
加藤 陽子(以下、加藤):いま、日本人の戦争について問い直すのなら、山本七平は欠かせません。
奥泉 光(以下、奥泉):『一下級将校の見た帝国陸軍』(初版1976年、文春文庫、1987年)は名著ですね。
加藤:私もそう思います。何度読んでも、その度に新しい発見があります。
奥泉:いままさに読まれるべきだと思う。
加藤:ある台湾からの女性の留学生が、この本はすごく面白かったと言っていました。なぜかと言えば、日本の組織を理解するのに役立つと。これを聞いたとき、そのようなものかなと思ったのですが。
奥泉:現在の日本のことを書いているとしか思えない。
加藤:一つ一つの描写が明晰なんです。文章が。
奥泉:自身の体験に深く裏付けられながら、非常に明晰な分析をくわえている。これ以上に怜悧な日本陸軍、ひいては当時の日本の国家体制に対する分析はないと、今回読んでまた思いましたね。
加藤:同感です。
奥泉:繰り返しますが、いまのことを書いているようにしか思えない。組織の自転の問題とか、員数主義――形式さえ整えばそれで良しとする官僚制の持つ根本的な特質とかね。興味深い指摘がいっぱいある。
加藤:私がまず挙げたいのは、冒頭近くの次の箇所です。学生である山本が初めて徴兵検査を受けにいくと、「机の向こうの兵事係とは別に、こちら側の学生の中で、声高で威圧的な軍隊調で、つっけんどんに学生たちに指示を与えている、一人の男を認めた。在郷軍人らしい服装と、故意に誇張した軍隊的態度のため一瞬自分の目を疑ったが、それは、わが家を訪れる商店の御用聞きの一人、いまの言葉でいえばセールスマン兼配達人であった」。