敗戦した日本軍の描写が今の日本と似る事の意味 歴史に学んで日本的組織の弱さを考え直す

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「事実、この膨大な七十年近い歴史をもつ組織は、すべてが定型化されて固定し、牢固としてそれ自体で完結しており、あらゆることが規則ずくめで超保守的、それが無目標で機械的に日々の自転を繰りかえし、それによって生ずる枠にはめられた日常の作業と生活の循環は、だれにも手がつけられないように見えた」。

いやあ、そうだったんだろうなと、つくづく思うんですね。ここは一種の結論を言っているところですが、ここに至る洞察も非常に的確で、まったくそうだなとしか言いようがない。組織に固着する形式主義というか、超保守主義というか……。

加藤:日本人が前例主義と保守主義を打破しうるのは、明治維新などの例を考えてみても、上から下までの国民全部にわたる強烈な敗北体験と危機意識なのではないでしょうか。盤石無比だと思われていたものが、ある日、あれっという間に崩れることがある。

軍隊の不条理の分析が素晴らしい

加藤:もう一つ、実のところは文弱ではなかった人である山本七平の面目躍如といった描写が光るのは、「死のリフレイン」という章です。フィリピンのジャングルの中、川を渡る場面、大変に重い山砲を移動させるのがいかに大変であったか。

「理由は、この砲は非常に座高が低いから、車輪つきで繫駕のまま曳いて水流を渡ろうとすれば、せいぜい膝までの浅瀬が限度である。だがこの砲は、小型のくせに、その外形からは想像もできぬ重量をもっていた」。

車輪が川底の何かにはまりこんで転倒しないようにしたり、あるいは分解搬送するにしても、軍靴の底がつるつるとすべる川底を、曲芸のようにして渡らねばならない。これをやった人たちなんですよね。対ソ戦向けに作られた山砲が南方戦線でいかに役立たずであったか、読んでいただけでもう胸が潰れる思いがしました。

そのように見てきますと、奥泉さんの『浪漫的な行軍の記録』(初版2002年、『石の来歴・浪漫的な行軍の記録』講談社文芸文庫、2009年)で本当に感心するのは、もちろんこの山本七平をご覧になった上でも書かれているでしょうけど、この山砲という兵器の描き方ですね。

第一分隊には真正の砲が割り当てられたが、「私」が属する第二分隊にはダミーの砲が割り当てられます。これが「国体の精華」と名付けられるんですね。この「国体の精華」がもっとも優れた砲である理由。「移動ともなれば、我が「国体の精華」は絶大なる威力を発揮する。そのなんと軽快にして俊敏な機動性であることか! あらゆる世界の軍事史において、「国体の精華」以上に高い運動性を有する大砲は存在しないのであった」。

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