歴史で習う「西郷隆盛は征韓論者」がどうも違う訳 武力を背景にした強硬路線に異論を唱えていた

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では、西郷はどんな気持ちだったか。「日本はドイツを目指そう」と大久保に力説されても、心動かされることはなかったのではないか。

実は、西郷は5月26日に大久保が帰京すると、5月末から6月上旬にかけて、辞職を検討していた。大久保に任せられるものならば、任せたい。激しい胸の痛みに苦しめられて、体調もよくなかった。

大久保が海外に去ったのち、西郷は廃藩置県で怒れる島津久光の対応に追われている。大きなストレスに苦しめられたのも、体調不良につながったのだろう。

「国家の大事なときに、お前は何をやっていたのか」

大久保も西郷も、口に出さずともお互いのことをそんなふうに思っていたとしても不思議ではない。前述したように、このあと大久保は休暇をとり、岩倉使節団の帰りを待つ。やがて来る「動」のための「静」である。

西郷は自分の死に場所を探していた?

一方、西郷がいきなり朝鮮の使節になりたいと言い出したのは、帰国した大久保との会見後のことである。

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もし、自分が使節として朝鮮に渡り、命を落とすようなことがあれば、鬱屈した士族たちに再び活躍の機会を与えることになるだろう。新政府をめぐるゴタゴタに疲れ果てた西郷は、自分の死に場所を探していたのかもしれない。

西郷にとっては、使節として朝鮮に渡ることは、永遠の「静」を理想的なかたちで迎えるための「動」であった。

大久保と西郷――。同郷の先輩後輩関係から、倒幕を目指す同志となり、それを実現させた2人。ここにきて、関係性が大きく変わろうとしていた。

(第38回につづく)

【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』 (講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』 (ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人 『木戸孝允(幕末維新の個性8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』 (講談社選書メチエ)

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。

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