日本にいる「難民申請者」交流して見えた悲痛現実 6月20日は世界難民の日、知られざる日本の実情

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品川入管に日にちを間違えて出向いた日、セバスチャンは「私のことを書きたいと以前から言っていますよね。ぜひ、書いてください。難民申請者の実情を日本のみなさんに知っていただきたいんです」と筆者に言った。

難民申請者にとって、自らが報道の対象になることはリスキーだ。内容が翻訳されて海外に伝わって祖国での危険を増大させてしまったり、報道の内容が一部でも入管への提出書類と異なっていれば虚偽と捉えられて難民申請に不利益が出たりする可能性がある。

以前、セバスチャンはあるドキュメンタリー映画への出演を依頼されたことがあった。それを断ったのも、そうしたリスクを懸念してのことだったという。

今回は違った。「書いてください」という彼の決意は固かった。ただし、判断すべきポイントはいくつもある。匿名か実名か、顔を出すか出さないか。来日の経緯や国籍などの個人情報をどこまで書くか。

そうした事柄を説明すると、セバスチャンは「どこまで情報を開示したら、どんなリスクが生じるのか正直、わかりません。日本でのそうしたことについては、あなたのほうがきっと詳しい。お任せします」と筆者にボールを投げた。

取材者にも存分に報じられないジレンマがある

難民など事情があって国境を越えた人たちへの報道には配慮が必要で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は報道関係者に向けたガイドラインを作成している。JARもこれらを参考に2022年6月、「難民の報道に関するガイドブック」を取りまとめた。

本稿はこれらの基準を踏まえて書いた。ただし、どこまで具体的な情報を入れても大丈夫なのか、明確な解はない。どうしても「念のために」というリスク回避を優先させてしまう。結果、報道の内容は具体性に乏しくなりがちだ。

セバスチャンが言うように、難民申請者の実情がほとんど知られていないとすれば、それは、リスクのある当事者の事情と、存分に報じることのできない取材者のジレンマにも起因している。

6月20日の「世界難民の日」に難民申請者の話題がほとんど報じられなかったとしても、決して日本に彼らがいないわけではない。リスクを背負って、見えない存在へと押しやられているのだ。

取材:益田美樹=フロントラインプレス(Frontline Press)所属

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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