だが、当時はそれだけの影響力を持っていたにもかかわらず、大きなスキャンダルがあったわけではなく、ごく自然に福地は忘れ去られていく。とにかく器用で、名文家として原稿を量産した福地だったが、歴史に深く名を刻むには至らなかった。
大久保は先の「深慮熟考の風を養うべきだ」という福地へのアドバイスのあとに、さらにこう付け加えていた。
「さもないと国家の器になることはできず、才を抱いたまま世に認められずに一生を終えることになるだろう」
人には適材適所で輝く場所がある
今や福地の名を知る者は少ない。大久保の「人を見る目」は確かだったのかもしれない。
そして、岩倉使節団での欧米巡回では、言葉数は少なくとも、日本を代表してきた面々がどんなことに興味を持つのかも、観察していたようだ。人には適材適所で、輝く場所があると大久保は実感し、こんな言葉を漏らしている。
「日本へ帰れば、誰でも人物は自由に任せて、役人には引き留めておかぬつもりだ。自由に職業をさせることにしよう」
大久保自身はといえば、自分の役割は国家のために身を捧げるのみだと確信するに至った。圧倒されるばかりだった欧米視察で、大久保はドイツ首相のビスマルクと出会い、大きな刺激を受ける。
そして国家としての手本をドイツに、政治家としての手本をビスマルクに求めるべく、今後の方針を固めていくのであった。
(第36回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』(朝日文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』(中公文庫)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人 『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
小山文雄『明治の異才 福地桜痴―忘れられた大記者』(中公新書)
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