一方でトシキさんは精神科でどのような面談や検査を受けたか「記憶がない」と言う。せっかく診断を受けたなら、それを利用してより客観的、具体的な説明をしてくれると、上司や同僚も障害について配慮をしやすいのではないか。
そうしたことを、私はトシキさん伝えた。トシキさんが共感してくれたかはわからない。
社会人になってからも続く「いじめ」
トシキさんは地方都市の出身。自らの家庭を「生まれたときから機能不全家族」と振り返る。同居する父方の祖母と母親はいさかいが絶えず、父親はギャンブルで借金をつくった。母親のストレスは子どもたちに向かい、ささいなことで殴られたり、首根っこをつかまれて浴槽に沈められたりした。兄は学校でのいじめをきっかけにひきこもり状態になり、親やトシキさんに暴力をふるい、たびたび警察沙汰になったという。
トシキさん自身も学校でいじめに遭った。肌の白さを「ゾンビみたい」とからかわれたり、唯一仲のよかった同級生と一緒にいると「お前らホモだろ」と遠巻きにされたりした。筆箱の中身をゴミ箱に捨てられ、黒板に「きもい」「地獄に落ちろ」と書かれ、過呼吸になって病院に搬送されたこともあったという。
いじめは小学校から専門学校を卒業するまで途絶えることはなく、それは社会人になってからも続いている。「なんで生きているのかわからない。消えてなくなりたい。ずっとそう思ってきました」。
トシキさんはトイレの問題でトラブルとなった自治体を半年余り休職した後に退職。今は別の公共機関の障害者枠で働いている。今年に入ってから毎月約5万円の障害年金を受け始めたので、なんとか1人暮らしができているものの、契約は1年更新の非正規採用。いつ雇い止めになるかわからず、依然として将来像は描けない。
取材で話を聞く間、私たちの間に流れたのは優しい時間ばかりではなかった。特にトシキさんのミスや振る舞いが周囲に与えた影響について尋ねると「私が受けてきた痛みは、私にしかわからない」とかわされてしまった。
一方でトシキさんは「人間、独りでは生きていけない。寂しいんですよ。私だって理解されたい」とも言っていた。おそらく本音はこちらのほうなのだと思う。
発達障害と診断される人が増えている背景には、不寛容化する社会がある。「少し変わった人」を「わがまま」「使えない」という理由で切り捨てることで、はたして社会は豊かになれるのか。それは定型発達の人をも委縮させるだけではないのか。行きすぎた効率化というふるいにかけられて残るのは、本当に「優秀な人」なのか。すでに答えは明らかになりつつある。
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