話を聞き始めてから3時間近くが経とうとする中、私にはひとつの違和感があった。それはトシキさんの話に、いじめやパワハラの前段にあるはずの仕事上のミスやトラブルに関するエピソードがほとんどないことだった。もちろん初対面で不快な態度を取ってくる人や、理屈抜きで相性の悪い人はいる。ただ多くの職場で突然自分ばかりがパワハラやいじめを受け続けるという可能性は低いのではないか。
私がそう指摘すると、トシキさんは一転して口が重くなった。それでも、私が重ねて促すと、次のような経験を話してくれた。
離席は1時間に1回、15~20分ほど
ラーメン店では、同僚たちが注文の聞き取りやレジ打ちをそつなくこなす中、自分だけミスが多かった。自治体では、刷り上がったパンフレットの誤植部分に黒線を引くように指示された際、誤った部分を黒塗りにして100部ほど無駄にしてしまう。このときのことをトシキさんは「口頭で指示されたのですが、ここだったかな?と迷いつつもそのまま作業してしまった」と振り返る。
障害者枠で働いた自治体でのトラブルのきっかけは、トシキさんが服用していた薬剤の関係で頻繁にトイレに行かなければならないことだった。離席は1時間に1回、15~20分ほどだったという。たびたび席を外すトシキさんに向かって上司は「1時間に20分休憩を取っていたら、3時間で1時間になるんだぞ!」と怒る。これに対してトシキさんは「トイレの回数が多いことは事前に伝えています。生理現象なのに、回数や時間まで監視するのがパワハラではないでしょうか」と反論する。
トシキさんは自身のミスについて話すとき、不本意そうにみえた。私が「疲れましたか?」と尋ねると、トシキさんは強い口調でこう訴えた。
「責められるのは嫌いなんです。ミスは申し訳ないと思っていますが、障害があるんだから仕方ないじゃいないですか。好きでやっているわけじゃありません」
トシキさんの言うことはおおむねもっともだと思う。それにトシキさんが渡り歩いてきた中には明らかに悪質で労働環境に問題のある職場もあった。
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