ロシア軍から住民1300人救出してきた牧師の一日 防弾チョッキを着て住民を救出する緊張の瞬間

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ロシア兵の銃撃を受けながらも車で避難を続けた母子 5月12日(写真:筆者撮影)
ロシア軍によるウクライナ侵攻から100日。ロシアに制圧されたドネツク州マリウポリの市長は「少なくとも2万人以上が殺害された」と発言した。
そんな中、命からがら避難しようとする住民を救出しているボランティア団体がある。現地で撮影を続ける日本人写真家が取材した。
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筆者が滞在しているのはウクライナ南東部にあるザポリージャ州。州の南側7割ほどがロシア軍に侵攻されている。西隣のヘルソン州、東隣のドネツク州の大半もロシアの支配下にあるため、ザポリージャの中心部は各地から避難してきた住民を受け入れる中継地点となっている。

なかでも、大型ショッピングモール「エピセンター」の駐車場にある救護施設は最大の拠点だ。ロシア軍の侵攻地域からバスや自家用車でやってきた住民たちは、まずウクライナ警察による身元確認を受ける。そして、救護担当のボランティアに連れられて大型テントに向かう。そこで食事や衣類が配られ、身を寄せる先がない人には宿泊所が紹介される。

ザポリージャ全体の受け入れ者数は、6月5日時点で約13万5千人。そのうち8割ほどの人が、より安全な北西部や国外に避難したそうだ。

銃弾をあびた避難者

4月25日、3人の子どもを連れた母がテントに入ってきた。母は職員たちを相手に熱心に相談ごとをしている。不安そうな顔をした弟が母の胸に頭を近づけた。母は息子の肩に手をやり、頭にキスをした。

次男のパーシャを抱く母のイラ 4月25日(写真:筆者撮影)

母のイラ(32)に寄り添っていたのは次男のパーシャ(9)。アゾフ海に面した街メルトポリから兄妹とともにザポリージャにたどり着いた。イラが見せてくれた写真には、Zのマークが記された戦車や装甲車が市街地を走る様子が写っていた。一家は銃をもって街に降り立つロシア兵に怯えながら2カ月近くも過ごしていたという。なぜ、そんなに長い間避難しなかったのか。尋ねると、イラはこう答えた。

「友人から、戦争が終わるまで街に残るほうがいいと言われ、それを信じていたのです。でも砲撃が続き、さすがに危険な状態になってきたので避難を決めました。食材も手に入らなくなりましたし」

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