「最期にビール飲みたい」願い叶えた看護師の想い 終末期患者に寄り添う彼が考える「幸せな最期」
ICUに5年勤めた後、東京都内の訪問看護ステーションに転職。「在宅での看護は、病院では考えられない世界が広がっていた」と語る。
とくにICUの病室では、身体に万が一のことがあってはいけないため、患者の自由は厳しく制限されていた。「好きな食べ物を口にすることも、外の空気を吸うこともできず、そのままベッドに横たわりながら最期を迎える人も少なくなかった」と前田さん。
ところが、在宅の場合は、患者さんが自分の好きな時間に寝起きしたり、好きなものを口にしたりと誰に気を使うこともなく生活できる。「看護師である僕自身もリラックスしながら、その方の望みや価値観に寄り添うことができたように思います」。
印象的だった出来事
中でも印象的だったのは、肺がんを患っていた田中さん(仮名)という80代の男性。東京・下町の団地に1人で暮らしていたが、朗らかな性格で寂しそうな雰囲気でもない。自由気ままな生活を好み、「最期まで自宅で過ごしたい」とたびたび口にしていた。
大のビール好きで、毎晩欠かさず晩酌していた田中さん。終末期に入り、食事がのどを通らない状態になっても「ビールだけは飲める」とのことで、担当医と相談し、本人の希望に沿うことになった。
前田さんは、自力で歩けなくなった田中さんがいつでもビールを飲めるようにと、100円ショップで購入したペン立てをベッドの柵にくくり付けて、「缶ビール置き場」を設置。
水分すらも飲み込みにくくなったときには、ビールに「とろみ剤」を入れて、飲みやすくしようと試みた。
「ビールの中にとろみ剤を入れたら、不思議な化学反応が起きてブクブクと発泡してしまったんです。床にビールがこぼれて、あっという間にすっからかんに。思わず田中さんと目を合わせて、笑ってしまいましたね」
病院の常識では考えられないような看護だったが、「まるでおじいちゃんと孫のように接することができた」と振り返る。田中さんも最期まで自分のペースでのびのびと暮らし、大好きなビールを楽しみながら、満足した表情で旅立ったという。
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