「数値化」では世界の本質を理解できない理由 土着人類学で考える社会との折り合いの付け方

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つまり数値による理解は複雑な世界を分かりやすく説明しているわけではなく、量的に把握できるシンプルな世界を改めて数値によって可視化しているだけなのです。だから数値化することは世界の本質的な理解には一歩も近づいていないと言って良いかと思います。

「死んだ世界」と国民国家

しかしぼくは世界を理解する上で、質的な部分だけが重要で、量的な部分が全く必要ないと言っているわけではありません。その両者を併せ持つことが大事なのです。

ただ明らかに、ぼくたちは現代社会において数値を知ることで世界を理解したような気になっている。これは大きな問題です。この点について、佐伯啓思さんも少し違う表現ですが同じことを言っています。

自然科学が対象とする「自然」は人間のいない空間であり、それゆえそれは「死んだ世界」である。死せるものだからこそそこに、客観的な因果法則を見出すことが可能となる。この法則は歴史的な変化を経験せず、時間に囚われないがゆえに「文明」に属するのである。ベルグソンが述べたように、真の時間は、人々の内的な経験、物事の経過、持続するもの、物事の生成といった具体性と不可分であって、科学的に表象されたたとえば二次元の座標において物体の運動を描く時間軸などというものとはまったく違うはずである。しかし近代的な生活の中で、われわれは、時間をあたかも一本の直線のような、あるいは、座標系におけるX軸のようなものとして表象する。しかし、それは「生きた時間」ではなく「空間化された時間」にほかならない。(『近代の虚妄:現代文明論序説』157頁)

佐伯さんの言葉を借りると、世界の「量的な側面」こそが「死んだ世界」です。一方の「質的な側面」は「生きた世界」だと言えるでしょう。

青木真兵(あおき しんぺい) /1983年生まれ、埼玉県浦和市に育つ。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信をライフワークにしている。2016年より奈良県東吉野村在住。現在は障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務めている。著書に、妻・青木海青子との共著『彼岸の図書館──ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』『山學ノオト2』(共にエイチアンドエスカンパニー)のほか、「楽しい生活──僕らのVita Activa」(内田樹編『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』所収、晶文社)などがある(撮影:青木海青子)

しかし繰り返しますが、ぼくは「死んだ世界」は間違っていて「生きた世界」だけが正しいとは思っていません。人類は本来2つの原理を有していたにもかかわらず、近代以降は「死んだ世界」だけを重視して、「生きた世界」の存在をどんどん捨て去ってきたのです。

なぜなら「死んだ世界」を基に発展してきた科学技術によって、西洋列強の強大な軍事力が世界を覆ったからです。また「死んだ世界」の方が測定可能で、標準化しやすく、それをモデルに社会が作られていったのです。

「死んだ世界」は近代化が進めた規格化、標準化と相性が抜群です。国民や消費者はバーチャルではあるけれども、汎用性の高い人間像を作り出し、一元的に管理することができます。これが国民国家です。

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