フィリピン大統領選で独裁者の息子が有力なワケ 巧みなSNS戦略、母の執念、エリート層への不満

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歴史の修正は、ネット上の組織的な世論工作の結果である。フィリピン人は世界で一番ネットに接する時間が長いという調査がある。

ツイッターは2022年1月にフィリピンの選挙に関する約300アカウントを、メタは同年3月にフェイスブックなどの約400アカウントを停止した。偽情報拡散を懸念しての措置だが、多くはマルコス派のものだったとされる。

「トロール・アーミー」と呼ばれる組織的SNS発信部隊が、他候補を圧倒する量の情報を流し続けている。ドゥテルテを熱狂的に支持するブロガーやインフルエンサーの多くはボンボン氏の陣営に加わっている。

有権者の56%は1980年以降に生まれている。つまり「革命」の記憶がない世代であり、ネットとの接触機会も多い。

1986年「革命」後の時代への審判

マルコス家復権の背景には、1986年の「革命」で民主化を勝ち取ったとされるものの、それは選挙時だけの民主主義に過ぎず、経済面での民主化が進まなかった現実がある。民主主義を振りかざす人々の多くは新自由主義者で高等教育を受けた富めるエリートたち、それに対して庶民の暮らしは30年以上さして変わらず逆に貧富の差が広がっている。そんな状況への不満がボンボン氏を押し上げているようにみえる。

巨額の税を滞納しながら裕福な生活を送るボンボン氏を、社会システムから疎外されていると感じる人々が支える構図は、アメリカのトランプ現象に酷似し、各地で広がるポピュリズムと同じ土壌をフィリピンでも見ている思いがする。SNSによる虚偽情報の拡散、歴史修正、エリート支配への嫌悪と反発などは世界共通の現象だろう。

フィリピンの選挙では、外交も安全保障も経済財政政策も争点にはならない。今回の大統領選挙では、マルコス元大統領の時代と、「革命後」の社会のそれぞれをどう評価するかが有権者の投票行動を左右するとみられる。民主化したはずの36年。その時代への審判でもある。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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