フィリピン大統領選で独裁者の息子が有力なワケ 巧みなSNS戦略、母の執念、エリート層への不満

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帰国翌年の1992年、イメルダ夫人は大統領選に、95年にはボンボン氏が上院選に挑んだ。いずれも敗れはしたものの、北イロコス州選出の下院議席と知事職はその後一貫してマルコス家の誰かが務めている。コラソン・アキノ元大統領の死亡を受けて、長男であるノイノイ・アキノ氏が大統領選に出馬し勝利した2010年、ボンボン氏も全国区の上院選に初めて当選した。2019年には姉のアイミー氏も上院に議席を持った。

一家は、父マルコス氏を「史上最高の大統領」と称えるドゥテルテ氏が大統領に就任すると接近を図り、2016年11月には父マルコス氏の遺体をマニラ首都圏の英雄墓地に埋葬することに成功した。これはマルコス家の悲願だったが、これまで戒厳令下の被害者らの反対で実現しなかった。これをドゥテルテ氏が押し切ったことで両家の距離は一挙に縮まり、その後、ボンボン氏やアイミー氏らが大統領やサラ氏との親交を深めていった。

トランプ前大統領張りのSNS戦術

その中でマルコス家は、選挙のノウハウをドゥテルテ陣営から学んだとみられる。ドゥテルテ氏を地方都市の市長から政権トップに押し上げる大きな力となったのは、米国のトランプ前大統領張りのSNS戦略である。前回の大統領選以来、ドゥテルテ政権や陣営、その支持者らはSNSで真偽の入り混じる情報を大量に発信して大統領とその政策を美化する一方、政敵を徹底的に攻撃してきた。

マルコス陣営もその手法をいち早く取り入れた。父の時代を「フィリピンの黄金期だった」「一家は歴史の被害者」とする宣伝を大量に発信し続けている。支持者たちに聞くと、ことごとく「お父さんの時代は治安が良く経済もいまよりずっと良かった」という。

ところが事実としては、マルコス政権の21年間にフィリピン経済は破綻した。政権にあった間に通貨は1ドル3.91ペソから20.46ペソへ下落し、対外債務は8億ドルから238億ドルに膨れ上がった。就任時には「日本に次ぐアジア第2の経済」と言われていたが、退任時は「アジアの病人」と揶揄されるようになった。没落の相当部分は一家とその取り巻き(クローニー)たちの強欲によるものだった。

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