BMW7シリーズ最高峰がV12⇒EVへ変貌した意味 歴史や伝統を捨ててもいい圧倒的存在になれるか

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電気モーターはそんなV12ユニットですら軽く凌駕するほどに静かで、そしてスムーズ。欲しいと思った瞬間に豊かなトルクを取り出すことができるのが特徴だ。言ってみれば内燃エンジンが、それこそV12のように気筒数と排気量を増やしていくことで目指した境地を実現しているのが電気モーターだということができる。だからこそロールス・ロイスは、全車BEVへ移行させるという決断にも躊躇が少なかったわけだが、しかしユーザーはそこに本当に、V12の内燃エンジンと同じだけの価値を見いだしてくれるのだろうか?

内燃エンジンという、元々は騒音も振動も大きく、回転数を高めないと力が発揮されないはずだったものが、静かで滑らかで力感あふれるという境地にまで達するからこそV12……あるいはV10、V8といった多気筒エンジンには大きな価値があった。しかし電気モーターならそれはイージーに実現できることであり、極端な話、積めば軽自動車だって大して差の無い上質さを得ることができる。

BMWは安全パイを残さず、BEVに絞る

BEVがまだ市場で圧倒的に少数派である今は、それでも新鮮な感動に繋がるだろうが、BEVが珍しいものではなくなった時に、BMWのBEVに、あるいはロールス・ロイスのBEVに、今のV12搭載車のような畏敬の念を込めた眼差しが送られるかと言えば、率直に言って疑問である。電気モーターは本当に、そんなにすぐに、エンジンにこだわってきたメーカーがその歴史や伝統を捨ててもいいくらいに圧倒的な存在になり得るのだろうか? 

そんなことに思いを馳せざるを得ない、クルマの表現しうる高級だったり上質だったりという概念が大きな変革期にあるこの難しい時代に、BMW 7シリーズはもっともアグレッシヴ、あるいはラジカルな答えを提示してきたことは間違いない。メルセデス・ベンツがこれまで通りのSクラスを残しながらBEVのEQSを追加するという言わば安全パイを残す戦略を採ったのに対して、BMWは7シリーズにBEVを設定し、しかもそれをラインナップの最高峰に据えたのだ。

もちろん、それは絶対的な販売規模の小ささに拠る部分も大きいのだろう。しかしながら、その戦略の成否が今後のハイエンドラグジュアリー市場を占ううえで、非常に大きな意味を持つことになるのは間違いない。

島下 泰久 モータージャーナリスト

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しました・やすひさ / Yasuhisa Shimashita

1972年生まれ。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。走行性能からブランド論まで守備範囲は広い。著書に『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)。

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