3年前のウクライナの記憶に辿る戦時対応の背景 オックスフォードのディベートの観点から考える

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彼は、これまで2004年のオレンジ革命や、ユーロマイダンのデモに参加したということを聞いていました。先頭に立つのでなく、巻き込まれた人の救助を主にしていたそうです。

ユーロマイダンのことを話してほしい、と一通り案内が終わる頃に話しかけてみました。すると、それまでの柔らかい表情は一変し、険しい顔になりました。長い沈黙の後、彼は言いました。

「もう誰かのためには、戦わないよ。今は家族があるからね。僕にとっていちばん大切な守るものだ」

ユーロマイダンは、2013年末から2014年末にウクライナで起こった騒乱です。東部出身でロシア寄りの大統領が、EUとの政治・貿易協定の協力の仮調印を反故にしたことがきっかけとなり、反対する住民がデモを起こしました。東部はロシアのエネルギー産業の恩恵を受けています。この大統領も個人的に関係の深いロシアからの援助を基に財政を立て直す意図もありました。

前線に向かったオレクサドル

ウクライナの都市部で数カ月にわたり続いた暴動には銃器も使われ、多くの市民が犠牲になります。キーウの独立広場の被害は特にひどいものでした。権力者に反対する勢力は自警団を作り自分たちの身を守ります。結果的に、ロシア寄りの大統領が亡命し、EU支持派の政権が誕生します。この事件は、キーウの多くの若者の生活に影響を与え、その後の人生に影を落としました。研究者であったサーシャもその1人です。 

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2022年2月、ロシアがキーウ近郊まで侵攻しました。その状況を尋ねようとしたのですが、オレクサドルとの連絡は途絶えました。家族を残して、前線に向かったのです。

キーウの人々はこれまでの、ロシアの大きな影響の陰で、言葉による交渉は意味がないことを体感しています。自由は自らの手で守るしかないのです。

オレクサドルのユーロマイダンの役割は後方での支援でした。より詳しい現状が知りたいなら、ということで実際に関わった別のガイドのニコライを紹介してもらいました。次回は、彼の記録とインタビューをもとに、ユーロマイダンが今のウクライナの人々に与えた影響について考えてみたいと思います。

(後編「ロシアを相手に交渉で問題解決を到底望めない訳」に続く)

中谷 安男 法政大学経済学部教授、国際ビジネスコミュニケーション学会理事

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なかたに やすお / Yasuo Nakatani

慶應義塾大学経済学部卒業。米国ジョージタウン大学大学院英語教授法資格。豪州マッコーリー大学大学院修士号取得。英国バーミンガム大学大学院博士号取得。オックスフォード大学客員研究員。Journal of Business Communication及びApplied Linguistics主要ジャーナル査読委員、University College of London、EPPI‐Centre Systematic Review社会科学分野担当、豪州University of Queensland、ニュージーランドMassey University博士課程外部審査委員。

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