2020年5月ごろ、夫は子どもの分を含む3人分の給付金を自治体に申請し、30万円が夫の口座に振り込まれた。
鈴木は産休が明けて育休に入り、生活は苦しくなっていた。正規雇用だったため、出産手当金とその後の育児休業給付金はすんなり受け取れたが、2つとも額は産休前の賃金の3分の2程度、育休給付金は開始から半年を過ぎる秋には5割に減る。夫からの養育費や生活費支援もなかった。
離婚後の子育てを考え、夜勤があった前の職場を退職して求職に奔走した。だが、コロナ禍で仕事は容易に見つからなかった。生活費に加え、退職後に加入した国民健康保険の子どもの保険料や前年の住民税の負担も大きく、預貯金を取り崩して暮らす日々が続いた。だが、夫は鈴木の給付金要求を断った。
鈴木は簡易裁判所に持ち込み、2021年4月に勝訴したが、夫は熊本地裁に控訴した。12月、鈴木はこれにも勝訴し。2022年1月、その判決が確定した。
混乱招いた「受給権者は世帯主」
「離婚が決まる前の不透明な時期だからこそ、経済支援は必要だった」と鈴木は振り返る。にもかかわらず、「世帯主を通じた迅速な支給」がここまで長引いた背景には「受給権者は世帯主」の言葉のあいまいさがある。
一般に、「受給権者」は「年金給付又は一時金給付を受ける権利を有する者」(りそな銀行「年金用語集」)とされる。単なる申請・受給のまとめ役ではなく、受け取る権利がある人と解釈できる用語だ。
また、厚生労働省の「国民生活基礎調査の概況」では、世帯主は「年齢や所得にかかわらず、世帯の中心となって物事をとりはかる者として世帯側から報告された者」と定義されている。「男性」との明記はない。だが、性別役割分業が根強い社会では「物事をとりはかる者=男性」となりがちで、夫婦のみと夫婦・子どもの世帯の世帯主は9割以上が男性だ。
このような、「男性世帯主への取得権の付与」と解釈されかねない言葉が女性たちの警戒感を誘発し、給付金の発表時、ツイッターではハッシュタグ「#世帯主ではなく個人に給付して」が急拡大した。
「世帯主がまとめて申請・受給する」と修正すれば混乱は防げたはずだが、政府は、「簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うという給付金の趣旨を踏まえて世帯を単位として給付」(首相の国会答弁)など、「迅速な支給」のための便法とする説明を繰り返す一方、「受給権者」という言葉は維持し続けた。
地裁の判決文に見られる夫側の言い分は、女性たちの懸念が杞憂ではなかったことをうかがわせる。受給権者は「個人ではなく世帯主」とされ、給付目的は「家計への支援」とされているから、給付金を受給した世帯主が給付対象者に給付金相当額を支払う義務はないと主張したからだ。
加えて、世帯構成員から世帯主への請求権が認められると「各世帯の家庭内において紛争が生じ、国民全体の混乱を招く」とも主張していた。
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