大谷翔平の投球が「打たれにくい」科学的な根拠 スライダーの精度が上がった2つの要因

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ところが後半戦に入ると、脚を上げてから股関節が下がらず、振り子のように左脚が前に出てくるようになった。この動きを見て、股関節の使い方がうまくなったと感じたものだ。

また、実際に私が測定をしたわけではないので、映像を見たうえでの想像になるが、ステップ幅も変化したという印象を受ける。ステップ幅を短くすることで体重を右脚に乗せやすく、マウンドの傾斜に合わせた体重移動がしやすくなる。これも股関節の使い方に影響していたのかもしれない。

コンパクトな振りから繰り出される多彩な球種

私がこれまでの指導でピッチャーたちに伝えてきたことは、速球と変化球で20~30km/hの球速差があると非常に有効ということ。持ち球に球速差が出ることで、高低や左右のコースの変化に加えて、緩急という変化が加わる。その緩急に必要になる球速差が先ほどの数値となる。

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そういった面で大谷選手を見ると、フォーシームの球速を160km/hとした場合、カットボールやスプリットが140km/h台後半、2種類のスライダーは130km/h台、カーブが120km/h台と、40km/hほどの球速差を操ることができる。フォーシームを抑えて投げたとしても30km/h程度の球速差があるボールを投げられる。

バッターは基本的に速球に的を絞っており、その状態で変化球がきたらうまく対応しようとする。ところがこれだけ球速差があると、的を絞ることがかなり難しくなる。次の表は大谷選手の成績とリーグ1位の成績を比べたものだが、1位と比較しても遜色のない数字が目立つあたりが、2021シーズンの活躍を物語っている。

※1 クオリティ・スタート(6イニング以上&自責点3以下の先発登板)
※2 1投球回あたり何人の走者を出したかを表す数値。与四球数と被安打数を足した数値を投球回で割ることで求められる
※3 奪三振 と与四球 の比率で、「K/BB=奪三振÷与四球」で求められる

大谷選手はどのボールも質が高いのだが、カーブも質の高い持ち球のひとつである。カーブは日本ハム時代から投げていたが、当時は変化が大きく、そこそこスピードもあるパワーカーブと呼ばれるボールだった。

一方で2021シーズンに投げていたカーブは球速を抑えたもので、空振りを取るというよりは、配球の幅を広げるために用いていたと感じるし、そのような使い方が非常に効果的だった。

また省エネのフォームでフォーシームを投げるようになったのだが、いざというときはギアチェンジをして、160km/h台の速球で勝負もできる。

このように的を絞らせない投球の幅が広がったことで、三振だけでなく少ない投球数でアウトを取るという「打たせて取る」ピッチングのコツをつかんでいった。

川村 卓 筑波大学体育系准教授、筑波大学硬式野球部監督

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かわむら たかし / Takashi Kawamura

1970年生まれ。全日本大学野球連盟監督会運営委員、首都大学野球連盟理事・評議員。市立札幌開成高校時代には主将・外野手として1988年、夏の甲子園大会(第70回)に出場。筑波大学時代も主将として活躍。筑波大学大学院修士課程を経た後、北海道の公立高校で4年半、監督を経験。2000年12月には筑波大学硬式野球部監督に就任。2006年、秋季首都大学野球リーグ優勝を果たす。主にスポーツ選手の動作解析の研究を行っている。

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