知られざる「スポーツドキュメンタリー」名作9選 見たことのない競技や選手に出会える醍醐味
国家と格闘技というテーマで、もう1本紹介したい。
NHK BS1「真実への鉄拳~中国・伝統武術と闘う男~」(2020年11月29日放送)は、カンフー映画さながらの格好をした伝統武術家を、総合格闘技を身につけた男が次々となぎ倒していく。古くさい権威と闘う彼は格闘技界の風雲児なのか……と思いきや、そんな痛快な話にはならない。彼の前に立ちはだかる中国という国のなんとも言えない暗さと怖さが胸に残った。
「なんだ、この人たち!?」と驚きを通り過ぎて、尊敬の念を覚えた番組もある。2012年10月13日放送のNHKスペシャル「激走!日本アルプス大縦断」だ。
富山湾から駿河湾まで、北アルプス、中央アルプス、南アルプスの3000m級の山をいくつも越えて、415kmを8日間で走り抜く「トランス・ジャパン・アルプス・レース」。真夏なのに震える寒さの山中で、1人また1人と脱落していく過酷なレースに挑むのは、仕事も家庭もある市井の人たち。なぜ、そこまでして走るのか?は理解不能だが、想像を絶する肉体と精神は、有無を言わさず人をひきつける。
このころ、ランニング界にはちょっとした革命が起きていた。2010年、NHK出版から海外のノンフィクションの日本語訳『BORN TO RUN』が刊行された。この本で紹介されたメキシコの山岳民族・タラウマラ族の驚異の脚力は、市民ランナーに衝撃を与え、整備されたアスファルトの道を走るよりも、山道を駆けまわるトレイルランのほうがカッコいいという空気が醸成されていた。そこに登場したのが、日本のタラウマラ族のような人たちを追ったこの番組だった。
マイナー競技にこそ制作者の「熱」がある
たとえその競技に興味や知識がなくても、番組に力があれば見入ってしまう。伝説的に語られるNHKにんげんドキュメント「ただ一撃にかける」(2003年7月18日放送)は、その好例だ。
イギリスで行われた世界剣道選手権に、日本は12連覇をかけて臨む。剣道は勝つよりも精神力を養うことが大切。しかし、そのことを証明し伝統を守るためには勝たなければいけない。禅問答のような難題だ。
日本の大将は遅咲きの小兵剣士・栄花直輝、35歳。番組のハイライトは日本と韓国による決勝の模様だが、その前段となる、栄花が絶対王者の宮崎正裕を倒し、日本一になるまでの息をのむ攻防が見どころ。「感動」は、そのスポーツが有名かどうか、その選手に人気があるかどうかなんて関係ないということに気づく。
新聞社でも、テレビ・ラジオでも、五輪につながる競技やプロスポーツは必ず取材しなければいけない「必修科目」のようなもの。一方で、相撲とボクシングを除く格闘技、山岳レース、五輪種目ではない剣道などは、必ずしも取材して記事や番組にする必要はない。だからこそ、そういう競技を取り上げた番組には、業務を超えた制作者の「熱」と「圧」がこもっているように感じる。
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