知られざる「スポーツドキュメンタリー」名作9選 見たことのない競技や選手に出会える醍醐味

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一番好きなスポーツドキュメンタリーは何か?と聞かれたら、いつもこう答える。NHK「42・195キロの対話~マラソンランナー宇佐美彰朗選手~」(1977年3月12日)だと。「珍品」と言ってもいい、異色のドキュメンタリーだ。「マラソンランナーは一体何を考えながら走るのか」というテーマから、孤独で厳しい己との闘いを想像すると、愉快に裏切られる。

まず演出が面白い。京都マラソンを走る宇佐美の映像に、手記をもとにしたナレーションが被さるだけのシンプルな映像が延々と続く。何よりも、一流選手も市民ランナーも案外しょうもないことを考えながら走っているのが抜群に面白い。

私がこの番組を初めて見たのは2004年のNHKアーカイブスでの再放送。この前年、初めてフルマラソンを経験した私には、「あるある」がいっぱいだった。なかでも傑作は「マラソンは大変でしょ?と言う人がいたけど、いや、マラソンは暇で、暇で」という言葉。トップ選手でも2時間以上、市民ランナーなら5、6時間もただ走っているだけのマラソンは、自分と対話でもしていないと間がもたない。

宇佐美も走りながら実にさまざまなことを考える。バス停を見ては「青色がしゃれている」と感心し、沿道の葬式を見ては円谷幸吉を思い出す。「宇佐美、走る。ウサギ、跳ねる」と心の中でつぶやいてリズムを取り、道路の舗装の繋ぎ目を跨いで走ってみる。最も辛い残り2kmで「車に当たって怪我すれば、もう走らなくてすむのに」「今、地震が起きて中止になればいいのに」とぼやく。

同じことを、私もフルマラソンを走るたびに思う。感動を煽るような演出もないのに、マラソンという競技の特異性と魅力が伝わってくる。昨今の「感動」ブームのなかでは、こんな素朴な番組は生まれないだろう。

この番組は埼玉県川口市にあるNHK公開ライブラリーで見ることができるが、ここまであげたほとんどの番組はDVD化も配信もされていない。本当はもっと多くのドキュメンタリーを紹介したいところだが、記憶だけでは正確に書くことができないのが悔しい。

10代バッテリーの姿にキュン

最後に紹介するのは、ぜひ女性にも見てほしかった一篇だ。2006年7月15日にNHK衛星第1(当時)で放送されたスポーツ大陸「奮戦!若獅子バッテリー~西武ライオンズ 涌井と炭谷~」

漫画『ドカベン』の影響で、捕手は木訥とした「気は優しくて力持ち」タイプを想像するが、実際は守備の要、チームの頭脳である。故・野村克也さんのように、打者の心理を突く、煮ても焼いても食えないタイプ。本来ならこの間まで高校生だった少年に務まるポジションではない。

この年、炭谷銀仁朗が高卒ルーキーでは51年ぶりに開幕マスクを被った。18歳の炭谷、19歳の涌井秀章の「10代バッテリー」が、厳しいプロの世界で「大人」たちを相手に1勝をもぎ取る姿に、キュン。朝ドラの「ごちそうさん」でヒロインの娘が、高校野球のバッテリーを妄想たくましく物陰から覗いていたが、あれと同じ気分を味わえる。

スポーツ中継でやたらとドラマチックに盛り上げる手法は、正直気にくわない。邪道だと思う。だがドキュメンタリーは事実をもとにしながらも何らかの意図を持って物語が紡がれている。そこは割り切って、酔いしれたい。

宮崎 美紀子 東京新聞社会部記者、GALAC編集委員

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みやざき みきこ / Mikiko Miyazaki

1969年生まれ。大学卒業後、中日新聞社に入社。主に東京新聞、東京中日スポーツで芸能、放送を取材。現在は社会部所属。春から秋までプロ野球の楽天イーグルスを中心にパ・リーグの試合を観戦し、秋が深まったころから春まで趣味でマラソンを走る。五輪は開会式と閉会式の演出を見るのが一番の楽しみ。

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