知られざる「スポーツドキュメンタリー」名作9選 見たことのない競技や選手に出会える醍醐味

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スポーツは社会とともにある。それを伝えてくれるのもスポーツドキュメンタリーだ。2011年、「こんなときに野球をやってもいいのか」を問うた2本の番組が心に残った。

1つは、8月14日深夜に放送された広島テレビ制作のNNNドキュメント「原爆の日のプレーボール 半世紀ぶりに赤ヘルが帰ってくる」。広島東洋カープは原爆が投下された8月6日は試合を行ってこなかった。市民が静かに亡くなった方を追悼する日だからだ。ところがこの年、球団は約半世紀ぶりに試合の開催を決める。若き球団職員は高齢になった被ばく体験者、球団職員OBに意見を聞いて回る。「野球をやってもいいですか」と。そして考える。8月6日を忘れないために野球にできることは何だろうと。

スポーツは時に人を勇気づけ、前へ進むエネルギーになる。一方で、非常時には「要らないもの」として扱われる。スポーツが持つ二面性を考えさせられる番組だった。

「川岸強」の優しさに胸が熱くなった

もう1つは、5月1日に放送された情熱大陸「東北楽天ゴールデンイーグルス」(毎日放送)。東日本大震災直後の楽天イーグルスも、答えを探し続けていた。

選手たちは兵庫県明石市でオープン戦を行っているときに震災を知り、1カ月以上本拠地の仙台に帰れなかった。シーズン開幕5日前、山形空港から仙台に向かうバスの窓から初めて被害の大きさを目にした選手たちの戸惑いの表情が、問いの大きさを物語る。

開幕前、選手たちは班に分かれて被災地を訪ねるのだが、忘れられないシーンがある。宮城県女川町を訪ねた班のなかに川岸強という投手がいた。田中将大、山﨑武司、岩隈久志らスター選手に比べると、楽天ファン以外にはさほど知られていないが、戦力外通告からよみがえり、リリーフとして再生。気の弱そうな顔とは裏腹の強心臓と負けん気が魅力だった。

川岸が子どもたちに「家は?」と聞く。「なくなった」と子どもたち。川岸は何も言えない。涙を指でぬぐい、子どもたちの肩をぽんぽんと叩き、「あっちに岩隈とかいるから」とスター選手に引き渡す。子どもたちを励ます岩隈の言葉よりも、泣くしかできず、せめて人気選手に会わせてあげようという川岸という男の優しさに胸が熱くなった。

情熱大陸にはこの続編的な番組もあった。10月23日に放送された「プロ野球選手 嶋基宏」。被災地に優勝を誓った楽天だが、夏を過ぎると負けに負け、結局5位でシーズンを終える。流行語にもなった開幕前の慈善試合での名スピーチ「見せましょう、野球の底力を」の嶋捕手の苦悩の日々を追った番組の最後の質問は「底力は見せられましたか?」。一番聞いては酷な、でも一番聞きたい質問だった。

現実は漫画やドラマとは違う。「気持ち」だけで優勝できるほど甘くない。しかし、最後に嶋は「ここ(仙台)で日本シリーズをやりたい」とも言う。はたして2年後、それは実現する。現実は漫画よりもドラマよりもドラマチックだ。

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