首都圏に住む40代の下川ちさと(仮名)も、そんな1人だ。専業主婦だった11年前、夫から離婚を求められ、パートや生活保護を支えに2人の子どもを育ててきた。2019年冬、知人の紹介で生命保険会社の営業として正社員就職した。仕事に慣れない3カ月間は税込みで16万円保障すると言われ、生活保護も抜け出せた。だが、その3カ月後、コロナ禍が始まった。
4月の緊急事態宣言で1カ月の自宅待機となったが、賃金はその間も支給された。だが、仕事が再開するとパワハラが始まった。賃金保障の期間がすぎて顧客獲得ノルマが厳しくなり、それを達成できなかった。親戚や知人を必死で勧誘したが、それも尽きた。査定が下がり、手取りは月13万円に落ちこんだ。
辞める同僚たちも目立った。補充のため、「採用デー」とされた日にコロナ失業の女性たちをハローワークなどの前で待ち受け、正社員に誘う当番もあった。たくさんの女性が正社員として採用され、そのなかで営業能力のある女性たちは残り、それ以外は周囲を保険に加入させて辞める。コロナ禍に女性の正社員が増えたという統計があるが、その一端を垣間見た思いだった。
パワハラによるうつと生活費の不足で、下川は退職し、知人やハローワークの紹介で、コンビニや介護施設の調理など、短期契約の仕事を転々として、コロナ禍をしのいだ。どの職場も非正規が大半で、長時間労働やノルマ負担が重く、日常化するパワハラに、下川は、体調を崩し、退職に追い込まれては、ハローワークに駆け込んだ。
「親に圧迫され、結婚後は夫から精神的なDVに遭い、何をされても自分がダメだからだと責める習慣がついていた。ハローワークの相談員のおかげで、それがパワハラと気づいた。その相談員の女性も非常勤で、3年で雇い止め。回転ずしですね」と下川は言う。
職業訓練や資格取得でも生活できる仕事につながらず
政府は「円滑な労働移動の支援」に向け、非正規労働者への民間派遣会社を通じたトレーニングなどにも「人材投資」パッケージとして予算をつけている。だが、そうした職業訓練や資格取得が生活できる仕事につながるための土壌も用意されていない。
首都圏に住む橋本一江(仮名)は50代。外資系企業の正社員だったが、大手企業に勤める夫と結婚し、「うちの会社では妻が働き続けるのは前例がない」と言われ、専業主婦になった。その後、経済的自立を図りたいと通信制の大学に入り、国家資格の社会福祉士や精神保健福祉士など3つの資格を取った。
やがて夫と離婚し、資格を生かして再就職しようとした。だが、福祉の仕事の受け皿はほとんどが非正規の公務職だった。そのひとつ、自治体の相談事業にパートの会計年度任用職員として就職し、コロナ禍の2021年春、雇い止めになった。
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